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屠所の羊
 



 岩を撫でさざめく波の音と共に、二度と聞くことの叶わない快活な声を聞いた。


『結婚式は一緒にやろうぜ。互いが仲人でさ、それが楽しかったって親も言ってたし。んで、俺らも家族ぐるみで───』


 けれどその後に聞こえた、同じ声の主の、喉を千切らんばかりに悲痛な音が未来の約束をあっさりと飲み込んだ。


『───何の冗談だよ。笑えねえわ、ふざけんなっ! キモチワルイ、死ねよお前…!』


 潮の香りを感じながら、頬に浮いた線を撫でた。「あの時」ついた傷は深く、中にも外にも残ってしまった。彼の中にも深く残してしまった。
 それまでは笑っていたのだ。その瞬間まで確かに僕らは笑っていた。壊したのは自分だった。あの時の全てを悔やんでも今さら何も変わりはしない。しかし過ぎた日々を悔やむ他、自分に生み出せるものはない。
 この記憶を持ってあの日に戻れたら、僕は彼に決して自分自身を言わなかっただろう。何も言ってはいけないと、沈黙は金だとしっかり理解出来ていただろう。
 そんな事を、あれから23年間を費やして考え続けた。同じことを飽きもせず、何度も一人で。

 この世界で僕は生きられない。
 彼を───無二の親友に親愛ではない好意を抱いた瞬間から、僕は生きていることが罪になった。
 好きな相手が彼でなくとも、他の誰であっても、この世界で同性に恋をする事そのものが罪だからだ。


 遅くなってごめんな。
 やっとだ、やっと行くよ。また逃げる事だけは、どうか許して欲しい。


 風が髪を逆撫でた。
 そのまま背を押され、両手に抱えた重荷を離さないように、空間に向けて踏み締めた地を蹴り上げた。


 

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