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短編集2(2020~)

 


 あの涙は塩の味がするだろうか。
 生暖かいのか、熱いのか、冷たいのか、甘いのか塩っぱいのか、辛いのか。

 雲水の背中の側には窓がある。陽射しは落ちて、オレンジ色に染まり、踊り場は更に暗くなる。
 最終下校まであとどれくらいだろう。じっくりと雲水を知るために連れ帰るのも手段の候補に上げているが、この空気を壊してしまうのは勿体ない。


「雲水は俺になにを求めて告白したの?俺の好意となにが違うの」
「な、にも…」
「誤魔化しも嘘もいらないよ」
「〜〜っ、」
「本当に何もないなら、さっき言ったことと同じだね」
「違う! ちがう…好きだ…」
「どういう好きなの?」


 怖いと言われている顔から流れる涙は、噂は所詮噂でしかないという証明だ。こんなにも弱々しく、愛しいのだ。


「じゃあ、俺が先に教えるよ。違うなら言ってね」
「え…っ」


 あまりせっかちではないと思っていたけれど、焦れったくなって雲水の泣き顔を引き寄せた。
 電気を食らったように体を跳ねさせた雲水は、かっぴらいた目をそのままに思考回路まで停止させたようだ。
 唇は乾いていた。潤すように舌を這わせると、腕を捕まれる。すごい力だ。
 けれどその握力に反して足は力を失って、壁にそってずるりと滑り、雲水の身長が低くなっていった。合わせてしゃがみこむが、唇は離さなかった。

 合わさる唇の隙間に指を押し込み、開いた所に舌を突っ込んだ。また身体が跳ねた。


「ん、ぐ…っぅ、ふ…」


 舌を動かす度に苦しそうな声が漏れ、一度離れると息切れを起こした雲水がぼんやりとした目をしていた。
 俺の腕を掴んでいた手がゆっくり離れ、腕は上に伸びて恐る恐るを良く表現した動きで肩にその腕が乗った。


「違う?」
「……違わない…っ、もういっかい、」
「それは良かった。俺もまたしたいと思った所だよ」


 次はちゃんと口を開いていた。舌だけを先に出すと、雲水は俺の真似をして口外から触れ、中に押し込んだ。
 首の後ろに回った雲水の腕は俺の後頭部を包んで、離れまいと必死になっているようだった。
 キスを気持ちよいと思った事が無かった。なんのためにするのかさえも分からなかった。雲水の舌は柔らかくて僅かに甘味が感じられる。優しく吸い付かれると頭の隅や腰の辺りが痺れた。同じようにやったら雲水が鳴いたから、雲水も痺れたのだろうか。
 もっと欲しい。まだ続けたい。
 何も言わずとも、互いを抱き込んだ互いの腕が物語っていた。
 駄目だ。今日は連れ帰ろう。


「───雲水、歩ける?」
「……ん、」


 最終下校のチャイムが鳴った。
 離れたら夢から覚めるとでも思っているのか、密着したままの雲水の手を取って早足で階段を下りる。
 何も言わなかった。
 雲水も何も言わなかった。
 ただ、そこから真っ直ぐに自宅へ、手を繋いだまま大股で歩き続けた。

 親はもう居るだろうが構いやしない。どうせ明日は休みだし、息子の交遊関係など危険がなければ良いと思っている人だから。ああ、そういえば今日は朝に、祖母の家に行かねばならないと愚痴を垂れていたな。


 家は学校から徒歩五分だ。この近さはいつもありがたく思う。
 玄関を開けたら案の定暗かった。リビングにはメモ書きがあるだろう。ラインすればいいのに。
 部屋に入ったらすぐにメッセージを入れておこう。泊まりの客が来ている、残念ながら男だから孫は出来んが養子予定だ、とでも打つか。


 緊張している雲水をベッドに座らせ、手短に携帯を弄ってからクッションに放って目の前に立つと、雲水はすぐに腹に抱き着いた。


「雲水は家事をしたことがある?」
「え、……まあ、一通りは」
「よし」


 追加でヨメと送っておこう。送る暇が出来ればだけれど。
 見上げて訝しい目をする雲水に笑みを向けると、今度は驚いた。豊かな表情だ。


「意味わかんねぇんだけど…」
「良いんだ。さっきの続きをしよう」
「〜〜っ」
「名前を呼んで」
「……氷雨、」
「雲水の好きは、どういう好き?」
「まだ聞くのかそれ…」
「答えを聞いてない」
「……今すぐ言わなきゃダメか」
「分かりやすく行動で示しても良いよ」


 躊躇いながら腕を伸ばして来たそれを取り、その腕を肩に回しながら雲水の体を後ろに倒していくと、抵抗無くマットレスに背中が落ちる。
 さっきから痛いくらい勃起しているが、今はそれよりもただキスをしたい。雲水はどうだか分からないから、聞きながら色々と手を加えていく事にする。

 雲水。
 お前は知らないんだろう。俺自身でさえ知らなかったのだから。
 きっと俺はお前を縛り付けて、ひどく重たい愛を与え続けると思う。親の愛ではない性的な愛を返される事に慣れないお前は、溺れてしまうかもしれない。そうしたら一緒に溺れてしまえばいい。
 知っているか。恋愛とは依存症だ。しかし互いの内側に互いの絶対的な居場所さえ確立してしまえば、疑いなど無く、ただ唯一の愛を感じ続けて信頼し合い分かち合い敬い合っていけるのだ。
 生涯の伴侶とはそういうもので良いと思わないか。









 一息ついて確定した追加文を送ろうとアプリを開いたら、先に親に送ったメッセージの返事が来ていた。
 指を差すキャラクターのスタンプだった。その下には【どちらにしろあんたが貰うのはヨメ】と吹き出しがあった。
 どういう意味だ。



END

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