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短編集2(2020~)
雨水の聲を慈しむ
 


 謂わば「これ」は現実逃避みたいなものである。
 確かに現象として現在進行形ではあるけれど、意識が関係ない所に行っていて本題について思考していないのだから、現実から逃げていると言って良い。
 周りには誰も居ない。正確には自分を含めて二人いるが、それ以外はいない。学校という密集地でありながらも静寂を可能に出来る場所は、噂のお陰で人が寄り付かなくなった屋上に続く扉の前の踊り場だ。

 日中だから天井の灯りは消えていて薄暗いが、辛うじて窓からは晴れた空の明るさが差し込んでいる。
 なんでこんな所に居るのか。答えは呼び出されたからだ。この目先に立っている相手から、帰り際に。
 頭ひとつぶん高い身長で、良いとは言えない身形に崩された制服。シャツの下、鎖骨に被さった細身のネックレスはなかなかセンスが良い。
 髪は所々で外向きに跳ねて、いつだか風の便りで聞いた地毛らしい赤茶色の髪は襟足が長く、大雑把に後ろで括られている。
 骨格がはっきり出る程度の体脂肪率。耳には以前見かけた時よりも増えたピアス。左側の耳は、上の方に長い一本が端を繋げるように突き刺さっている。あれが一番痛そうだ。ああいうのなんて言ったっけ。
 長い前髪は目端に掛かっていてつり目を若干誤魔化してはいるが、眉間のシワで台無しだ。でも二重だから鋭くは見えない。
 この全身で百戦錬磨を語るような見た目をした男は、俗にいう不良というカテゴリにいる。

 不良としてレッテルを張り付けた人たちは、どうしてこうも威嚇を全面に押し出すような姿をするんだろうか。
 威嚇は脅しだ。常に脅していなければならない環境にいるわけじゃない。弱肉強食が顕著な野性動物ではないし、お国柄は平和なのだから、自分から攻撃しなければある程度は安全なはずだ。
 それでも彼らは秩序に反抗する。大人になって黒歴史と言いながら笑い話にする人もいれば、癖が抜けずに周囲へ攻撃的に横暴なまま年を取る人もいる。
 威嚇は身を守る手段だ。ともすれば彼らは怖いのだろうか。常に自分を外敵から守っていなければならない世界にいるのか、けれど最初からそうである人は少ない。特に思春期から変わった人は、常に命を狙われる立場ではなかったはずだ。急に周囲を敵と見て、薔薇の茎みたいに棘を生む。
 一概に全員そうではない。事情は十人十色である。

 しかしそんな「危ない存在」に惹かれる女は多い。呆れるほど多い。いわく刺激的な所に意識を奪われるらしい。人間とは常に平和でいると争いの渦中に身を投げたくなる生き物だ。飽きる、という理由で。
 否定はしない。

 しかしながら、目の前の男もそうして女と親しくなっていたのだろうが、どうやら本人の好みは周りとは異なるようだった。彼の威嚇の中身として一理を含むのかもしれない。
 周りと違う事に恐怖するのは仕方ないことだ。ある種の洗脳として刷り込まれた常識は、頭の堅い国民性をよく現していると言える。
 かくゆう自分も例外無く、当たり前のように意識するのは異性だし、同性とは考えたことすら無かった。
 「一般人」は彼らに対して軽蔑や嫌悪、潔癖な反応をする事を当然としている。気持ち悪いと安易に罵る事を黙認されている。人権、人格侵害と同じにも関わらず、犯罪と同じレールの上にあるにも関わらず、それを取り決めた存在でさえもそうだ。
 理由は単純に、非生産的であるから、子孫が産まれないから、非道徳的であるから、人間としての尊厳を持ち得ないから、───遺伝子異常であるから。つまりはエラーだ。工場生産の過程で弾かれるものと同じ扱い。
 人間は差別を嫌うが、最も安易に常に無意識で差別を行っているのは人間だ。残酷なまでに常識として。

 目の前の男もそうなのだろうか。
 今までどれ程の差別を受けてきたのだろうか。今まで何人の同性に恋をして、何人に気持ちを伝え、何人が同じ眼差しを返してくれたのだろうか。


 謂わば「これ」は単純な好奇心だった。
 彼にとっては残酷だ。しかし人間は物事を常識と興味と偏見と好奇心で選ぶ。
 寄せた眉は不機嫌だからではないと気が付いていた。赤みが際立ち強張る顔と、今にも泣きそうな目をしている彼が、どうして恐怖と闘いながらも俺にこうして「告白」してきたのか、知りたかった。

 自分の事はよく分かっているつもりだ。女顔でもないし、それなりに身長はあるが美男ではない。秀でたものはない。部活もやってない。
 ばか騒ぎする事もあれば、一人で過ごしたい時もある。自慰のネタは痴漢ものとか複数系AVや漫画か妄想だし、胸は少し手からはみ出すくらいが良いと思っているし、SNSで下らない事を呟いたり他人の呟きを見たり動画を見ながら飯を食ったり、料理は殆どしたこともない。
 髪は茶色に染めているしピアスは付けてないが、ブレザーの下にパーカーを仕込んだりもする。仮病でサボって保健室に寝にいった事もある。よくいる健全な男子高校生だ。
 告白してきた男───飛田とは、クラスも違えば会話らしい会話なんてした覚えがない。


「───あ、」
「えっ」


 いやあるな。保健室か。
 あったな、確か。本当に具合悪そうに寝ていて冷えぴたを取り換えた気がする。寝惚けた相手に手を取られて、しばらく握り締められていた気がする。
 その時に頭撫でた気がする。


「………白井?」
「とりあえず何処で好きになったのか教えてくんない?」


 好きなんだ、と言われてから数分間の沈黙だったと思う。それまで律儀に待っていた同級生の男に言うと、彼は数回瞬きをしてからしゃがみこんでしまった。


 


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あきゅろす。
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