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短編集2(2020~)

 



 容赦なく突き刺してくる瞳は、恍惚とした色を持って俺を見ていた。知らない顔だった。太陽が月に姿を変えたのかと錯覚するほど、それまでの温厚篤実な雰囲気が虚飾であるかのようだった。
 玄関の扉を大きく開かせて中に入ってきたその強引さに後退りするも、器用な足払いを受けて倒れ込んだ床の上、影を落とした真上で俺を見下ろす彼の表情は暗さで隠されてしまった。


「必死に抑え込んでて可愛かった。煽っても煽っても我慢して、我慢しすぎて溢れ出てきた膿を隠したくてオレに会わないようにしてたんだよね」
「───な、に、」
「その鋭い目付きがみんな怖いって言うけどさ、全然怖くないよね。今にも泣きそうで怯えてて弱々しくて、こんなに可愛い顔を誰にも見られずに済むなら、大学に来なくてもいいかなって思っちゃったんだよね。オレが会いに行けばいいんだって」


 幼い頃から父に似た顔つきが嫌いだった。怒ってもいないのに怒っていると思われたり、喧嘩売られたり、友達すらまともに作れなくて、伊達眼鏡を掛けて前髪は上げてサイドの髪を伸ばして目尻を隠せば顔つきはなんとか誤魔化せた。
 だけど、所詮は誤魔化すだけだ。素顔を見ればみんな怖がる。背が伸びて体格も良くなれば危ない筋の人間に間違われる事まで増えた。
 だから、綿飴みたいな雰囲気の花のような彼を好きになった瞬間に、すべての可能性を棄てた。


 ───しかし彼はダチュラだった。
 その全てに強毒のアルカロイドが含まれる花。天使のラッパと例えられるその花がよく似合うのに、見た目にはそぐわない内側の猛毒。


「オレのことだけを考えて、オレの事を考えないようにしようとしてるのに考えてて、頭の中が一杯になるのを待ってたんだ」


 捕食者のような笑みだった。
 それなのに頬を撫でる手は、壊れやすいものに触れるような優しさで滑った。
 呼吸が浅くなる。


「好きじゃ足りないんだ。愛してるもまだ足りない。全てを捧げられると躊躇わない感情が欲しい。オレは全部あげられる。お前の全部が欲しいな」
「───…あ、あ、」
「怖いの?」


 怖くはなかった。ただ頭がついていけなくて、唇が鼻先を擦って下唇を噛まれた時、目尻から生暖かい水分が流れ落ちた。
 刹那に全てを理解した。

 自分はずっとこの人の手のひらの上にいて、離れる事など最初から出来なかった。捨て置き出来ない恋なのは、捨てたと思ってもそれは掌の上なだけで常にそこにあったのだ。
 どちらかが囚われているのではないのだ。


「全部、あげるから、ください」
「待ちくたびれそうだったよ」



END

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あきゅろす。
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