短編集2(2020~)
エンジェルストランペット
抱いたその瞬間から、成就しない片想いだと分かっていた。けれども、叶わないと知ってすぐに諦め余所を見られるものだったなら、そもそもこの気持ちは恋とは言わない。
昇華出来ない泡のような感情は、沸騰を始めると鳩尾の奥の方から沸き立って幾つもの気泡を弾けさせながら増えていく。
独占欲、支配欲、肉欲。綺麗なものなんてそこには無かった。燻りながら焦げて心の中が黒く色付き苦味を生み、求めれば求める程に欲望は重くなる。このまま灰になるのなら、それでもよかった。
いっそ嫌悪を向けてくれればいいのに。そうすれば近付けなくなって離れていられて、時間が距離を作っては炭化させてくれると思っていた。
なのに大学の中に入れば、あんたは俺を見つけて花咲く笑顔を向けてくる。嫌悪なんて微塵も感じさせないで、この黒々とした悲惨な心中なんて知らずに容易く距離を縮めてくる。
そうなると途端に怖くなった。沸点が限界値まで上がったなら、高温の油に水を投下した瞬間の様に爆発しそうで、傷付けてしまいそうで、怖くて逃げた。
棄ててしまいたくなった。棄てられたらこの焼けつく痛みは消えるのだと思った。浅かった第二熱傷はいつの間にか深くなっていて、第三にまで進行しそうだった。きっとこの燻りが無くなっても跡は残るんだろう。
治療薬なんて見つからない。
捨て置く事が出来るかどうかなんて分からなかった。離れて膨大な時間が経てば、気付いた時には捨ててあるのかもしれないけれど、今は何の希望も見えなかった。
捨て置き出来ない恋ならば、それはすでに捻じ曲がった異様な愛に変わっているのかもしれない。それは昇華と言えるのだろうか。
生活と学費を稼ぐ事と余計な思考を回さない為に、バイトを増やして大学から足が遠退いた。
あんたと会わない時間さえ作れれば、あんたの事を考えない為に他の事を割り込ませれば、なんとか生きていけると思っていた。
この欲望は醜い。その意識全てを自分に向けてほしくなる。その思考の中心でいたくなる。貪欲で、傲慢で、危険な思想が頭の中に残って主張するから、それも隠したかった。
なのになんでだ。
「───大学来ないのか?」
「なんで家、知ってるんですか」
「知ってるよ。知りたいことは知らないままにしない主義」
なんであんたは俺が捨てたものを易々と拾ってくるんだ。
「いい目になってるね」
「なんの話してんですか」
「前は迷いがあったよね。でも今は淀んでて、暗くて、真っ直ぐにオレしか見てない目になった」
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