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短編集2(2020~)

 


 職場は自転車で十分もしないから夏場も冬場も楽だ。と言っても、時給が良いからという理由で選んだ二十四時間営業のコンビニでアルバイトである。
 ただ夜間は特に良い。ほぼ毎日を職場で過ごせば、バイトでも店舗内の地位は上がるものだ。最近は人手不足で昼から出ているが、基本は夜中なので色々忙しい。


 二十五歳になってもバイトのままなのは、就職難の渦に身を置くよりも現状に満足しているからだ。正直、忙しない渦に飲み込まれていた方が良かったのかもしれないが、夜に眠れないのは変わらなかっただろう。結局就職してもすぐに辞めていたようにも思う。

 高校は中退した。理由は親が居なくなったためだ。死別ではなく蒸発。高校に上がる時に親の都合で独り暮らしになった事が救いだったが、それまで辛うじて支払われていた学費よりも自分で稼いでいた生活費の方が大事だった。
 今思えば、あの時既に彼らは蒸発する事を考えていたのかもしれない。と同時に、もう生きているとは思っていない。


 正規雇用ではないただのバイトでも、安いアパートで暮らしていくぶんの稼ぎには困らない。休みなんて一日あればいいし、頻繁に遊ぶほどの相手もいない。作ろうともしていない。

 つい昨晩別れた人を含め、過去三人の交際相手はそんな俺に同情した好意だった。援助とかではないけれど、外食とか外出に伴う支払いは惜しみ無かった。
 その分のお返しで自分に出来る事と言えば、求められたことに応える。あらゆる趣味趣向のセックスでも、言葉でも、行為でも。
 それでも彼らは俺に言う。1年もなく、つい昨晩別れた恋人のように「好きかどうか分からない」と。
 俺なりに応えたつもりだった。過去の言葉を思い出して、それに応えようと「次」を探し続けた。この人ならと思っても、結局は同じことを言われて終わる。
 何をしても彼らは満たされなかった。当たり前だ。
 だったら最初から遊びで良い。
 無い物ねだりは愚劣に等しい。自分なりの好意は上手く伝わらず、他所から求められる好意は常に相手の価値観に合った表現や態度でなくてはならない。
 そう言われているような気分だった。



 ───仕事中にカップルが店内で愛を囁き合っている所を見て、恋人がいない従業員たちは「暑苦しい」だの「家でやれ」だのやいやい言っているが、俺は純粋にただ羨ましいと思う。
 あんな風に誰かを盲目的な世界の中で見つめることが出来る彼らを、それが真の愛だと言い切れるその心の形を見てみたかった。

 従業員同士の暇潰しの会話の中で、恋人が出来ても「好き」を疑われてフラれるのだ、という話をすると、大抵はクールとか淡白とか好きじゃなかったんじゃないのか、とか、相手が鈍感なんだとか、もっと分かりやすく言えばいい、とか色々だが在り来たりな意見が出てくる。
 その中で唯一納得したのは、パートのおばちゃんの「互いの恋愛観が合わなかっただけ」だという実にあっさりとした言葉だった。
 恋人同士のどちらも責めないその言葉には、なるほどおばちゃんの経験値を物語るようでいて、十人十色という人間の価値観を明解にしている優しさであった。

 次いでおばちゃんは、豊満な体つきに見合った柔らかさで「それか昔の恋人をまだ好きだとかね、初恋とか」と、懐かしむように笑いながら、しかし手元では事務作業を止めずに続けていた。


 人生の経験値とは馬鹿に出来ないものだな、とその時は思った。
 まさかそれが殆ど的を得ているとは知らないおばちゃんの横で、チラシの空欄に店名と番号が記された判子をひたすら押し続けた。


 


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