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誰にも言えないプライベート事情【触手×イケメンビッチ】
 


「───…あの、平尾さん、今夜課内のみんなで飲み会があるんですけど…っ!」


 高音の薄っぺらい声にデスクトップから目をそらして振り返ると、一回り大きいオフホワイトのカーディガンを羽織った女性社員が困り顔で立っていた。


「ごめん、折角の誘いで申し訳ないけど今日は予定があるんだ」
「そ、ですか…」


 あからさまに落胆を見せる女性社員の背後で、遠目にこちらを伺う複数人の社員が視界に入る。
 少しだけ申し訳なさそうに笑みを浮かべると彼女は頬を赤らめた。


「また今度、みんなで行く時には僕も一緒に行ってもいいかな?」
「…っも、もちろんです!」


 真っ赤な顔のまま慌てて集団の方へ駆けて行く背中を眺め、バレない程度に溜め息を吐き出してデスクトップへ向き直った。


 自分で言うのもあれだが、今の会社に就職して5年、見目の良さや柔和な雰囲気と言動で社内の男女問わず好かれているらしい。
 入社当時は女性社員からちやほやされる俺を見て男性社員は顔をしかめていたが、それも半年しないうちにコロリと態度を変えて「平尾なら仕方ない」という空気が出来上がった。
 性格上仕事に手は抜かないものだからそれも評価を上乗せする要因になっているのかもしれない。それに女性社員にも男性社員にも態度を変えないし、媚びるような仕草にも反応しないから、こうして誘いを平気で断れるくらいには自分の立場が良い場所にあると自覚している。


 社内で企画された飲み会などは極力参加するが、社員同士が計画するプライベートなものにはあまり出ないし、半年前から仕事や買い物以外で殆ど外出をしなくなった。
 結婚前提の恋人が居るとか、プレイボーイだとか、年の離れた兄弟が居るから忙しいのだとか、社員内では色々と噂があるらしいが、どれも間違っている。
 いや、年の離れた兄弟は確かに居るが、世話をする程小さくもないし両親は健在だから何の問題もない。たまには帰って来いというブラコンな催促が多いくらいだ。


 出してくれた珈琲を飲みながら時計を一瞥すると、定時の退社まであと一時間程だった。
 途端に足の先から頭の先まで微量の痺れが流れ出して、気持ちがそわそわしてくる。
 はやく帰りたい。帰って、時間を忘れて没頭したい。
 逸る気持ちを抑え込んで仕事に集中した。






 定時ちょっと過ぎに退社して急ぎ足でマンションに着いて、エレベーターに乗り込み平静を装いながらも気持ちは落ち着かないまま自宅のある階で降りて素早く扉の鍵を開けた。


「───ただいま、」


 玄関を閉めて、静寂に包まれた部屋に向かって小さく声を掛けた。
 独り暮らしだから人は誰もいないのだが、リビングに続く扉が薄く開いて姿を見せたのは、二次元の存在と思われていた生き物だった。
 家庭用麺棒程の太さで蛇のようにフローリングを這り寄ってくるソレは、触れると蒟蒻のような感触で半透明の水色はアクアマリンを彷彿とさせる「触手」だ。


「ただいま、スイ、良い子にしてたか?」


 口も目も鼻も耳もない物体はしかし不思議な事に言葉は理解出来るようで、話し掛けると動きで応えてくれる。
 足に絡み付いたスイをそのままにリビングへ行き、電気を点けると足から離れてまた蛇のように這って用意してある小さい座布団に蜷局を作った。


 

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