06
───目が覚めたら、自分の部屋にいた。
特待制度のおかげで一人部屋である俺の城は、趣味の薄いマンガや雑誌などがデカイ本棚にみっちり収納されている。
寝室にあるそれを見て、ああ俺の城だ、と思った。
体が重い。非常に重い。つか、痛い。
そんな体調にしかめ面になっていると、寝室のドアが開いた。
「おはよーお兄さん」
「……殺す」
へらっと笑った変態に開口一番殺人予告を投げつけた。声ガラガラだけど。
しかしやつはそれを気にすることなく、盆を片手にベッドの脇に座った。ギシリとスプリングが嘆く。
「声枯れてるねーそんな声もイイ。起きれる?」
「喧嘩うってる?」
気の抜けた笑顔に、にっこり笑ってやった。
だよねー、と言う変態を心から抹殺してやろうと思った俺は間違ってない。
痛みと怠さを抱えた体を器用に負担を軽く起こしてくれた変態は、口を開けたペットボトルを差し出してきた。
揺れる薄い白濁に、スポーツドリンクのパッケージ。
「はい飲んで。口移しでも可。むしろ大歓迎。むしろそうしよっか」
「いただきます」
やられる前にボトルを引ったくりゆっくり流し込んだ。
枯れた喉を潤すそれを半分飲み込んで、一息。
「いま、なんじ」
「あれから翌日の今は、午前8時でーす」
「は!?」
翌日!?
予想外の時間経過に目が覚めた。
「日曜日だからだいじょーぶ」
「あぁ日曜日……いやちげーよ!」
すぱん!と頭を叩くと、勢いでかくんと変態の頭が傾く。
「えへへ、ごめんね」
「誠意がねえ」
趣味の観察を邪魔をし、今までのアレはなんだったんだと思うくらいの絶倫さを披露し、挙げ句俺は意識を失って、起きたら翌日の朝だと!
スポーツドリンクとヘラヘラ笑顔の謝罪で割りに合うわけねーだろ!
「滅べ変態!」
「お兄さんにだけですー」
「尚更滅べ」
ツンツンしちゃってー、と頬をつつかれ、ムカムカがうなぎ登りですけど。え、もう殺っちゃっていいよね?いいよね?
「ごめんね、冬真かわいくてかわいくて、好きが暴走した」
「知らねーよ!ふざけんな変態!」
「本気で拒絶したら止めてた」
「嘘つくな!」
「嘘じゃないよ」
ふざけた声じゃないことに気付いたのは、手を捕まれた時だった。
ばちっと目が合う。
その眼差しに、鼓動が跳ね上がる。
「嘘じゃないよ。あの時、本気で抵抗されたら止めてた」
「なにいってんだよ。今までだって…」
「無理矢理じゃなかったでしょ?」
「……」
思い返す、初めて触られて扱き合いみたいな事になった時も、その二度目も三度目も、それ以上に進んでいった時も、あの時も、俺は、
「お前が、そういうふうに、したんじゃねーのかよ。抵抗しなくなるように、」
「冬真は本当に嫌ならちゃんと拒絶するよね?」
「……っ」
俺は、嫌じゃなかった。
自分がそういう立場の当事者になることを避けていたはずなのに、他人に体を触られるのがきもち悪くて嫌だったはずなのに、こいつは、響は、始めから、初対面の時から、嫌悪感がなくて。
手首を掴む手に力が入り、響が近付いてくる。
ほとんど距離がない位置に移動したヤツは、そのまま額を重ねてきた。
「俺には、ちゃんと、愛があるよ」
「…っ」
「離れて行かないし、どこにいても見つけられるし、抱き締めてあげる。嫌いになんてならない。嫌いになれない」
「……なん、で」
今まで好きで付き合っていた人たちは、俺の過去や今の趣味を知って離れていく。過去が重たくて、趣味がきもち悪くて、向けられるのは愛のない好意で、その目はいつも、最後は嫌悪感を含む。
怖かったから距離を取った。
諦めていたから望まなかった。
傷付きたくないから信じなかった。
「…泣いてくれるの?」
「……なんだ、それ」
普通、泣かないで、じゃないのか。
そう言ったら、ヤツは笑った。柔らかくて優しくて愛情を含んだ笑みだった。
「俺の言葉を、気持ちを、信じて泣いてくれたのかなーって」
「……むかつく」
「否定しないんだ。かわいいなあもう」
鼻先がふれ合う距離が、じわじわと心を温めていく気がして。
「死ぬときも一緒がいいな」
「…どんな告白だよ」
俺じゃなかったらドン引きされてんぞ、と鼻で笑って、驚く響に、キスをした。
END
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隠題‐訳あり腐男子と一途溺愛変態
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