03
タバコの箱を見つめる俺に気付いたのか、清水さんは「あぁ…」と声を漏らす。
「悪いかと思ってね、」
「気にしなくてもいいですよ、慣れてますし」
店長がいつもくわえてるし。
衛生的にどうなの、とか思ったりしたけどさすがに慣れた。調理中は吸わないから気にならない。
じゃあ、と清水さんはタバコを一本取り出して火を点け、溜息みたいに紫煙と共に息を深く吐き出した。
「一応、この件がすっきりするまで数日間は、居心地悪いがそこの仮眠室で寝泊まりなんだ」
清水さんは苦笑してばっかりだな。
向けられた指の先を見ると、もうひとつの扉があって仮眠室と書かれている。室内はソファベッドとテーブルくらいしかないから、と清水さんは言う。
居心地が悪いかどうかは寝てみないと分からないが、まあ、無駄に広いよりは落ち着くだろう。
「有り難いです。でも俺、不眠症なんで眠れるかは分かりませんけど」
なんて漏らせば、清水さんは一瞬目を見開いたがすぐに戻る。
「そうか。ま、寝られたらでいいから、とりあえず身体を休めるくらいはしてほしいかな」
「わかりました」
軽く頷くと、清水さんはタバコを揉み消して立ち上がり灰皿と缶コーヒーを持つ。
「じゃ、また明日にしよう。おやすみ」
「おやすみなさい」
静かに閉まる扉を見てから、俺は仮眠室へと向かうために立ち上がった。
部屋に入れば、ふかふかのソファベッドと毛布が傍らに置かれている。
テーブルにお茶の入ったコップを置いて、ぽすんとソファに横たわり毛布を手繰り寄せる。
頭の中で繰り返される、無慈悲の言葉。
おかしいのかもしれない。
他人に対しての情がないなんて。
だけど、あの喫茶店で働き始めて三ヶ月くらいした時、上がろうとしたら呼び出されて、なんだと思って店長と向き合った時がある。
今思えば、いい意味で拷問紛いの尋問行為を受けた。
答えなきゃ帰さないとかシフト減らすとか、めちゃくちゃ脅されたし、嘘だってすぐバレた。
諦めてこの思考回路とか、他人や自分に対する考え方とか情がないとか、自分は異常なんじゃないのか、とか。
色々搾り出して答えたその言葉に返されたのは、頭を撫でる手と、こんな俺を受け止めるかのような言葉で。
『それがお前の普通なら、それでいいんじゃねーの。気にする事じゃねェ』
その傷だらけの腕も、性格も思考もそれが全部お前の普通なんだろうが。居場所がねェなら、ここに居場所作れよ。
店長の不器用な手つきと言葉と、温かい雰囲気と、視線。
その時俺は、随分と久しぶりに大泣きした。
他のみんなも店長と同じように受け止めてくれた。だから、血の繋がったあの家族よりも、家族っぽく思う。
今の俺に帰る場所を与えてくれる、大好きな場所。
思い出したら自然とにやける。
だれかに見られたら、すっげ恥ずかしいんだけど。でも、にやにやが止まらない。
なんてこった。
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