08
───いつだったか、誰かが言ってた。
臨戦体制に入った俺は悩殺的だって。雰囲気が変わる事しかわかんないんだけど。
「…っし、カンペキ」
からん、とテーブルの脇にあるごみ箱にスプレー缶を投げ込む。
鏡に映るのは真っ黒な髪とカラコンで紫色の目。つまんでもかきあげても黒。
よしよし。久しぶりにやったけど、これ上出来じゃね?
蓮さんはまだ不在。
帰ってくるのは遅いから、なにやってんだかよくわかんない。
合い鍵渡されてるし戸締まりは心配ない。
出かけて来ます、とメールを入れといたから大丈夫なはず。明日仕事休みだからねー。
「久しぶりだなあ、あそこ」
一応楽しみにしてる。あいつも来るだろうから。
離してくんなかったらどうしよ。二年近く顔出してなかったし。
ぶっちゃけ店には行く気なかったけど、あの人に呼ばれちゃったら行かなきゃね。
強制だって言ったのを無視したら、もう鳥肌立っちゃうくらい危ないから。
いやまじで。
半袖の上に黒いニット製の薄いパーカーを着て、フードを被れば目元まで隠れたのを確認する。
夜といえどまだまだ暖かいからさ。
財布と携帯、チェーンでつなげた鍵を持って俺は家を出た。
───ネオンが煌めく街から外れた、静かな場所にそれはある。
騒音が住宅に届く事はないから、若者達はバイクでそこに集う。
全身が真っ黒で夜に溶け込めそうな程、気配を消せば完璧に気づかれない自信すらあるよ。
ぽつり、と明かりが漏れだす店の近くまで来て足を止めた。
さっきメールで泉が来てると連絡があったけど、気付かれることはないよね。
めでたく採用されてから初出勤した時に泉に会った時は、まじでびっくりしたなあ。
【黒猫】の時はそれなりに雰囲気作ってたし、バイト先で初めて会ってから今までも泉はアクションを起こさないから、多分気付いてない。
【黒猫】として度々顔を合わせてたけどよく気付かないよなって思う。
誰かさん達はすぐ気付くのに。
まあ、いいけどさ。別に拗ねてないもん。
「…さて、」
約二年振りに【黒猫】ご来店でーす。
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