06
───とある高層マンションの一室。
広々としたリビングダイニングの向かい、壁際に薄型テレビやラックが綺麗に置かれ、その前にある高級感漂うガラステーブルにやわらかな長めのソファー、それにゆったりと座り脚を組みながら携帯を見つめる赤茶色の髪と同色の目を持つ男。
そのソファーの1番端、窓に近い所に光りの加減で輝く銀色の髪を揺らす青年が器用に丸くなっている。
「───…犬」
「……なに」
淡泊な、しかし低く存在感のある声を出したのは携帯を見る美男である。
犬、と呼ばれ丸くなったまま返事をした青年は顔を上げる事をしない。
「夜出掛けるから用意しとけよ」
「…わかった」
美男、朝比奈千鳥(アサヒナ チドリ)と、犬と呼ばれた青年、桐生千世(キリュウ チセ)に血縁関係はない。
繋がりがあるとするならば、二年も顔を見ていない人物が二人に関係があるというだけである。
以前その人物に頼まれ、千鳥は渋々千世の保護者になる事を承知した。
事実上の保護者はその人物であるが、表向きの保護者として千世を預かっている。
桐生千世は、夜の世界で名の知れた【黒猫】の飼い犬である。
人間が飼い犬という事実に偏見や軽蔑を抱く人間も、もちろんいる。奴隷のようだと思っている人間もいる。
しかし千世は【黒猫】の飼い犬である。
奴隷などという上下関係などなく、在り来りなペットである。
癒される、愛でる、甘やかす、散歩する、ご飯を与える。人間のそれと大して変わりはない。
しかし千世は犬として生きている。
【黒猫】が中学生の頃、千世は街のざわめきが微かに届く路地裏にかろうじて生きている状態で過ごしていたのを【黒猫】が見付け、保護という行動をとった。
桐生千世という名前は【黒猫】が付けた名前であり、実際の本名は不明である。
【黒猫】に拾われ、千鳥の知り合いの医者から言われたのは記憶喪失。
名前はおろか、全ての記憶、知能が失われ、体だけが成長した幼児と同じ状態であった。
しかし理解力は早く、身体は人並みを超える能力を持ち教養を与えればそれを得た。話すこと、考えること、見ること、聞くこと。
一般的な感覚、価値観は全て【黒猫】基準の価値観を持った千世の中心は【黒猫】であり、そして世界である。
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