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03
 


 機械的な会話を終え携帯をポケットへと落とす。
 濡れている髪は、もう冷たい。


 テレビはコマーシャルを映している。
 よく見る芸能人が笑顔で宣伝している。


 異様だな、と思った。
 なぜかそれしか浮かばなかった。
 左手がずきずきと痛む。血が伝う感覚がして、床にぱたぱたと滴り落ちている。

 痛いと思った。それだけだった。
 拭き取る事も手を心臓より上にあげる事もせずに、放置状態にしている。


 コマーシャルが終わりバラエティー番組の続きが流れた頃に、パトカーのサイレンが聞こえたような気がした。







「───……こんばんは」



 警察官が数人部屋に来て、俺がはじめに言った言葉だった。
 場違いにもほどがあるよねー、知ってる。だって目の前の警察官は目を見開いている。

 俺がどう映ったのかは知らないが、虚ろな目をしていたのかもしれない。



「…っ、なにがあったのですか」



 目の前に立つ警察官二人のうち、ひとりの若い方が口を開く。
 めちゃくちゃ戸惑ってるように見えるのは俺だけ?


 とりあえずさっき起きた事態を、入浴していた時に扉が開いてびっくりしたことも長男の行為も、俺が起こした行動もすべて細かく話し出す。

 じっと若い警察官の目を見て、時々俺から目を逸らすその人を見続けて。


 警察官は四人来た。
 そのうち二人は検視官なのか、ひとりはソファの父親、ひとりは洗面所の長男の所で写真を撮ったりしている。

 若くて新人っぽい、なぜか存在感が薄い警察官は俺の目の前で、その斜め後ろにベテランのような若干髪が薄くなったダンディーな見た目の警察官。

 そのダンディーな警察官が時折俺の、血を流している左手を見ているのを目の端で確認した。





「……、それで今に至ります」


 言い終わっても返事がない。
 人の話を聞いていたのかいないのか、目の前の警察官は無言。

 聞いてんのかコラ。
 なんて思いながら小さくため息を吐き出した。



「聞いてます?」
「っあ、はい!……えと、」



 吃る、途切れる、なぜだ。もしや聞いてなかったな。


 視線を逸らして再び溜め息。
 ふと若い警察官が動いて目線を戻すと、彼の視線は俺の左腕に向かっていた。
 俺が立っている位置からして、彼の上司であろうダンディーな警察官からは左手の傷しか見えない。

 だから。
 目を見開くその理由に気付いた。


 肩の少し下から肘の少し上、十五センチくらいの長さについている斜めや縦、横にもある無数の切り傷跡を彼は見ているのだ。




「───じゃあ、あちらの洗面所で亡くなっているお兄さんの犯行ってことでいいかな?」



 固まる若い警察官の斜め後ろに立つ、ダンディーな警察官の渋いアルトが聞こえて視線を向ける。

 てゆか、流石だ。ちゃんと聞いてたんだ。確か無線で会話していたのに。


 会話は終わっていて俺をじっと見つめるダンディーな警察官。
 ダンディーな警察官は、俺の全身を見た。
 裸足にグレーのスエット、黒のタンクトップ、首にかかった白いタオルに濡れた髪。すでに冷めきった温もり。


 再びダンディーな警察官が俺と目を合わせる。一度視線を若い警察官に向け、戻す。
 ああ、冷めてく。



「俺を疑ってもいいですよ。特に困る事もありません。 親権者が居なくなった今、生活できるか分かりませんし、ちょうど、この生活が面倒臭いと思っていましたから。
刑務所という決められた生活なんて、むしろ助かります」



 笑みを向けてダンディーな警察官の目を見れば、驚いているのか目を見開いていた。俺は更に笑みを深くする。


 


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