05
真っ黒い奴が無情にも手を貸すことなく立ち去ってから、どれくらいの時間がたったのか分からないけど。
「ケンカか?ガキ」
ぞわり。
首筋が粟立つ感覚を抱かせる、声がした。
俯いていた顔を上げれば、背が高く脚も長いスラリとした男が立っていて。
座り込んでいる俺からは、高い位置にあるその顔は見えないけど、その身に纏う雰囲気が何とも言えないような、かっこよさというか。
何でかムカついた。喧嘩で負けたと思われてんだと、余計にまた、弱い自分にも腹が立って。
「関係ねぇだろ」
そういってまた俯く。
足元に、自分の携帯が転がっているのが見えた。
「風邪引くぞ。送ってってやろうか」
「うっせえな!放っておけよ!」
「あ、そ」
男が何をしたいのかわからなかった。
あの真っ黒い奴といい、この男といい。
その男はあっさりと背を向けて、ゆっくり足を進め───
「……っくしゅ!!」
音が、止まった。
ずずっ、と鼻を啜る。
今は1月。外にいるのも確かにキツい、けど。
「だから言ったろ、ガキ」
男の声がした。
顔を上げたら、立ち止まったまま振り返っている。
どうする?……って。
「…送ってもらう家なんかねぇよ」
あのアパートは俺の帰る家だ。でも、あそこが帰る家だとは思えなくて、他に誰も帰ってこない、あそこは。
「家がねェのか?持ってかれたか、それともお前が捨てられたのか」
「……っ、」
捨てられた、わけじゃねぇ。
「捨てる奴なんかいねぇよ…俺、ひとりだし」
「ヘェ、なるほどな」
つん、と鼻の奥に違和感を持った。
なにが、なるほど、なのかわかんねぇよ。
男は俺の目の前に戻ってきてしゃがみこんだ、その時見たその容姿に、息を飲んだ。
総長も、あの四人組も目の前の男も格好いい、を当たり前のように越え、完璧を見にまとっていたんだ。
「来いよ、捨て犬」
「…は、ぁ?」
にやりと笑った男は、俺の腕を掴み、体を引っ張り起こしてくれて。
力が入らずにフラフラして、一瞬視界が回ったと思えば、俵のように担がれて。
「は、はなせ…!!」
「るせェな、捨て犬」
「っ!」
こいつ、さっきから俺を犬扱い…!
言葉が出なくて、パクパクと鯉みたいに口が開いたり閉じたりで。
どうなってんだ。
それしか浮かばなかった。
それが、知草蓮との出会いだった。
[*][#]
[戻る]
無料HPエムペ!