09
突然の出来事から話はトントン拍子に進んで。捨て犬君は千鳥さんの家に住む事になった。
話をしている最中もずっと捨て犬君は俺にへばり付いてて、微かに震えていた体も落ち着いてきていた。
「…刷り込み、っぽいね」
「え?」
「インプリンティング。生まれたばかりの鳥類や哺乳類にみられる一種の学習みたいなものだよ。……早い話が、よくヒナが一番最初に見たものを親と思うってやつ」
翡翠さんの言葉を聞いて、なるほど、と妙に納得してしまった。
記憶喪失と言っても、捨て犬君は今、幼い子供みたいなものなんだとか。
鳥とかの刷り込みとは少し違うけど、まったく別物とは言い切れない。
だから、あの場所にいつからいたのか分からなくても、路地で捨て犬君が居はじめてから俺が見つけるまで、連れ出してくれるような誰かに出会わなかったということだ。
「本当に犬みたいだね」
「犬……」
ふと、翡翠さんの言葉に考え込む。
後ろで張り付いている銀色の捨て犬君。首に顔を埋めて、ずっと黙って動かない。
じっと銀色の髪を見て、何となく浮かんだ考えを半分冗談混じりで言ってみようか、と思い、捨て犬君の腕を軽く叩いた。
ゆっくりと顔が上がる。
ソファーの上で、体ごと捨て犬君と向き合う形に動いて、無表情の綺麗な顔とご対面。
宙に浮いたままの捨て犬君の両手を自分の両手で包み込めば、一瞬ピクリと動いた。
じっと、曇りのある銀灰色の目を見る。
何を言われるのか、と不安を抱いているようにも見えた。
「……俺のわんちゃんになってみる?」
「ぶっ」
「ぷっ」
冗談半分で言ったら、千鳥さんがコーヒーを吹き出して、翡翠さんが笑った。
ただ一人、目の前の捨て犬君だけは真剣な顔で俺を見ていて。さっきまで揺れていた銀灰色の目が、今ははっきりと意思を持って俺を見ている。
「……」
「……」
沈黙。
誰もがきっと捨て犬君の返事を気にしているんだろうな。
ただ見つめていたら、微かに捨て犬君の頭が動いた気がして目を見開いた。
微かだったから、見間違いだと思ったんだ。
「……え?いいの?」
思わず聞けば、今度は見間違う事が出来ないくらいはっきりと、捨て犬君は頷いた。
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