07
「───簡単に言えば、記憶喪失だろうね」
あっさりとそう言って、翡翠さんは幾つか難しい専門用語が書かれた紙を手にした。
あれから朝になって、リビングに行けば既に翡翠さんが来ていた。そのまま捨て犬君を連れて一緒に翡翠さんの診療所みたいな部屋があるビルに来て捨て犬君を診察してもらって約1時間後に、あっさりと言い切った翡翠さん。
本当はもっと複雑なものなのかもしれない。
「……じゃあ、」
「名前も覚えてないね。言葉は理解出来るし飲み込みも早い。日本と外国の血が混ざってるかもね、多分。ただ───」
捨て犬君は今別室にいて、眠っているらしい。今いる広い部屋にはガラステーブルを挟んでソファーがあって、部屋の隅やら所々に観葉植物が置いてある何とも清々しい空間で。
向かいのソファーに翡翠さんが座り、俺と千鳥さんは隣同士で座っている。
翡翠さんは思わせ振りなのか言いにくい事なのか、少し顔をしかめてA4サイズの数枚の紙を見つめていて。
「体の構造───まぁ身体能力かな、並の人間の値より異常に高いんだ」
「……?」
身体能力が異常に高い?
よく理解出来なくて、隣の千鳥さんを見ると、何だか話し掛けづらい雰囲気で眉が寄っていた。
「……それって悪いの?」
何となく気になって聞いてみれば、翡翠さんは少し驚いたような目をしたけれど、それは一瞬だった。
すぐに優しそうな笑顔に戻る。
「いいや、悪い事はないよ」
翡翠さんはそれしか言わなかった。
ただ、どんな理由で捨て犬君の身体能力が高くなったのかを、翡翠さんは知っているんだと思った。
そしてそれが、俺に言えないような事なんじゃないかって。
「あの子を良い施設に預けて独り立ち出来るまで面倒みてもらうことも出来るから、心配しなくても大丈夫だよ。……精神的な異常もないし、栄養失調とかはあるけど、酷い問題はないからね」
綺麗な笑顔を浮かべて言った翡翠さんの言葉に、俺は何故かその選択肢は嫌だと思った。
「……俺が一緒にいる」
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