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03
 




 ───滑らかなスライド式の扉が開く音に、ゆっくりと瞼を上げた。
 視界に映る八割は白い。
 シーツも壁も天井も床もカーテンも、包帯も目の前の安易なテーブルも。

 窓から見る空は青い。
 ここから雲は見えない。


 仕切のカーテンが引かれた音を聞きつつも、窓から顔を逸らす事はない。
 ベッドの上、複数の枕を背に体を起こし、あれから二週間経った今でもまだ少し所々体が痛む。
 目が覚めたのは、二、三日前だった。

 あの衰えてない怪力馬鹿の加減無しでこれで済んだのは、ある意味奇跡だったな。




「朝霧さん、食事の時間です」



 定時に三度運ばれて来る、見た目からバランスの良い食事。午前11時。昼食。
 いつも半分だけ食べて終わる。

 看護師が立ち去った後も、窓から空を見つづけるのを止めない。




『───俺は、猫じゃない』


「ねこ、じゃ、ない、」



 掠れてしまっている声が、自分の耳に辛うじて届く。



『───それはお前が他人との関わりを切ってきた結果だ』

『お前に俺は壊せない』







『御景』




 ───自分の右目は、もう何も映せない。真っ暗だ。
 本当は、昔はあったはずの広い視界であの人を見たかった。
 この半分の視界では、しかし半分も見えやしない。
 いつか付けた傷口を見てしまえばあの人の顔が見えない。



 分かってた。

 求めても手に入らないこと。
 何をしても変わらないこと。
 暖かい内側に入れないこと。
 五年前最後に会った時も、あの人は同じ目をしていた。

 好きだった。
 好きがいつしか愛情に変わった。
 愛してた。心からすべてを。



「……っ、」



 思い出していけばいくほど。
 過去に遡れば遡るほど、痛い。
 心臓の隣、鳩尾辺りが締め付けられて。


 愛してた。
 愛しすぎてたのかな。

 左目に映る空に、白い雲が入ってくる。

 ただ涙を流していた。
 嗚咽もなく、時々鼻を啜るだけで。
 涙は止まらない。




 遠くに行こう。
 また、あの場所に行こう。
 都会の景色のない場所に行って、会わないで、…会わないままで。


 いなくても生きられる事を分かっている。ただ、居てほしかった。
 愛してほしかったという、わがまま。



「……むつき」



 


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