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「む、つ…き……?」
「なあに?」



 揺れる銀灰色の目に少し影があったのに、今は電気の反射と驚きか、目の光が今までみたいに綺麗に見せる。

 薄く開いてる口が、微かに動く。



「……いま、」
「うん?」



 今、何て言ったって?

 通常なら聞き取れて当然の俺の声が聞き取れてないくらい、千世の中の動揺が大きいんだろうな。



「ただいま」
「、わん…ッ」



 おかえり、くらい言ってほしかったなぁ。別にいいけど。



 少しだけ、あの頃に戻ったような錯覚を抱いた。

 家出して居候してたあの頃に。
 …きっと御景の時間は停まってる。
 御景の中の俺は多分あの頃の、中一の冬で停まったまま五年を過ごしてた。


 俺は、その時間を動かそうとは思わない。
 動かしたらどうなるかは気になるけど、俺は善人じゃない。
 更生させようなんて気持ちもない。
 これが自分自身の正常だと、御景はそう言うだろうな。
 人間の正常や異常なんてのは結局、自分自身が正常と思えば正常、異常と思えば異常、それを他人が決めつけるのは当人に偏見があるから。

 …それに、人間に偏見がないわけがない。聞こえの良い価値観が、聞こえの悪い偏見なのだから。
 御景が狂って居ようが居まいが、思ってしまえばそれが事実。

 誰彼歪んでいるものだ。




 いつの間にか、千世は俺に抱き着いていて距離はゼロ。

 ぎゅうぎゅう抱きしめてくる腕が、俺を傷付けないように加減してるのが分かる。
 千世が本気の力で俺を抱きしめたら俺確実に窒息するか骨折れるからねぇ。



「千世、荷物整理したら行くとこあるから、後で」
「………ヤダ」
「ヤダ、じゃなくて。大事な用事なの」
「……」
「千世」
「……、……わん」



 渋々、ってのが丸分かりな顔で、ゆっくり身を引いてまた両足を抱えた大型犬。
 これはさっきのとは違ってただ拗ねただけだから放置して、荷物整理に取りかかる。


 つっても、少ないからすぐ終わる。
 持ってきた服は少ないけど元々クローゼットにあるし。
 抱きまくらはベッドに投げて、雑貨類を片付けた。



「よし。……千世、おいで」
「わん」



 背中にへばり付く千世をそのままに、部屋を出た。


 

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