17
その日の夜、店長にメールを送った。
迎えに来るのは誰なのか、なぜか異常なほど気になったから。
で、返ってきた返事が『ひみつ』。
たった三文字。しかもひらがな。
え、ひみつってなに。
なんでそんな可愛い返事してんの。
絶対面白がってるでしょ。
ちょっともやもやしながら毛布に包まって、その日は早々と眠りについた。
翌朝、珍しく食欲があったから食堂で軽くご飯を食べて、またうろうろと署内を散策しながら暇してそうな人に話し掛けられて少し話をしたり。
アパートの解約手続きの事とかも教えてもらいながら、何とか済ませた。
持ち主にとってはいい迷惑だよね、自分のアパートで殺人事件とかさ。当事者なのに、他人事みたいにおかしく思う。
ほかの人の仕事の邪魔はしないように気をつけて、ゆるゆると時間を過ごす。
時々捕まった人と遭遇するというある種のイベントみたいな事もあった。
お昼近くになって、食堂のシェフが呼んでるよなんて初日から少し話すようになった優しい婦警さんに言われて食堂に行けば。
「───お昼に行っちゃうって聞いたから、最後のお昼ご飯食べてってよ、特別メニュー作ったから」
「え、本当ですか…!」
なにもうシェフ素敵!
きらっきらな目をして言えば、持っていくから待っててと言われ席に座る。
なんだろう、楽しみだなー。特別メニューとか、なにこの優遇。
「お待たせしました、どうぞ」
「……すてき!」
シェフ直々に持ってきてくれたメニューは、俺が好物だと言ったさっぱりとした魚の定食に、なんと苺のデザート。
そのままの赤くて可愛い苺と、苺のチーズケーキ。しかもチーズケーキ自体も苺。
ピンク色した美味しそうなその姿に、思わず、すてき!とか言っちゃった。
「好きだって言ってたでしょ」
「覚えててくれたんですね、ありがとうございますっ」
「いいえー、ゆっくりしてって」
「お言葉に甘えて!いただきます」
もうにっこにこ。
シェフにお礼を言って、手を合わせる。いつでもおいで、なんてカッコイイ笑顔で言われた。
けど俺は笑うだけ。
だってもう来ることはないから。なんて、けど場違いな言葉は言わない。
うまうまなご飯と、これまたうまうまなデザートをゆっくり味わって、シェフにお礼を言って。
美味しかったー、なんてふわふわしながら応接室に戻る。
時刻は12時ちょい前。
とりあえず整理した荷物を確認して、仮眠室のソファーの上を整えて戻り応接室のソファーに座る。
ていうか本当、誰が来るんだか。
なんて考えてたら、応接室の扉が開いて清水さんが顔を出した。
「お昼に特別メニュー出してもらったんだってな?」
「はい、美味しかったです」
よかったな、と清水さんは笑顔。
特別メニューはびっくりしたけど、素直に嬉しかった。
「あと少しでお別れだな」
「そうですね、色々とお世話になりました」
「いやいや、どういたしまして」
また会うことは、多分ないと思うけど。
そんな言葉は心の中だけにして、まあ事実故意で会うことはないと思ってる。
ぶっちゃけ用事がないから。別件で捕まったら話は変わるけどね。
清水さんはいい人だから、てか署内の人はほとんどいい人だった。
知らない人はまだまだいるけど、これ以上深く関わるつもりはない。
出してくれたお茶を飲んで、まったり。
清水さんは相変わらずコーヒーと煙草。
この心地好さ好き。
…店長の家かあ、どんな所なんだろう。ふとそんな事が思い浮かぶ。
一軒家だったらびっくりだ。店長はマンションっぽいけどな。
ゆるゆると、俺がそんな事を考えていた頃に。
警察署前に、黒塗りの車が一台、ゆっくりと停車した。
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