14
蓮は煙草を吸いながら、しばらく無言で睦月を見つめてから俯く睦月の頭に手を置いた。
びくりと睦月の肩が強張り、少し離れた場所からでも分かるほど握られた手が震えていた。
『オカシイと思うか、自分が。…異常と思うのか、その性格が』
静かに言う蓮の言葉に、小さく頷く小さい体。
『…だって、』
『その腕の傷も、性格も思考も全部含めてお前なンだろうが。それがお前の普通なら、悩むだけ損だ。
居場所なら、此処にあるだろうが』
千春はその時、その場に居合わせていた。
───知草蓮という人間は、嫌なものは嫌だと言う。
好きなものは好きだと言って、いつだって本能で、けれど常識は持ち合わせている。
今まで会ったことのない容姿を持ち、存在感を持ち自分を持っている。どれだけ知識があろうが、どれだけの性質を持ち合わせていようが敵わないのだと、千春は出会ってからずっと思っている。
顔を上げた睦月は、蓮を見た。
大きな目を、更に見開いている。
そこからゆっくりと静かに、涙が伝うのを蓮と千春は見た。何度も何度も、幾度となく流れる。
瞬きもせず、ただじっと、見ている。
はっと我に返ったように、睦月は自分の頬に触れ、涙に触れて目を瞬かせる。
蓮の目に映るのは、挙動不審な睦月の色素の薄い目で。
『ぁ、れ……なに、…っなんで、』
ぺたぺたと顔を触って焦る睦月に、二人は一瞬目を見張り、そして思った事は一緒だった。
なんで可愛いとか思うんだ。
そしてその時、始めて。
『…意味、わかんね…っ、へんな、ひと』
笑った。泣きながら笑った。
その顔が、声が、雰囲気が、あまりにも可愛くて。千春は睦月の後ろに立った。
『よしよし、酷いね意味わかんないね、馬鹿に泣かされちゃって』
『ぇ、あの…、ちょ、』
そして後ろから抱きしめた。
触ればふわりと柔らかい髪質で、男の子なのに華奢な体。
他人と触れ合う事を苦手とする千春が、自分から、自らの意志で抱きしめる。
その行動に驚く蓮を無視して、千春は引き剥がされるまでずっと頭を撫でていた。
その日睦月は、泣きながら、赤い顔をして笑っていた。
それから少しずつ、不器用に笑顔を見せるようになった睦月が日に日に可愛く思えて、いつしか気付けば愛情を持っていて。
そう。
恋愛感情という、甘い愛情だということを自覚したのは。
「───何黄昏れてんすか」
意識が戻って来る。
神楽は千春を見ていて、コーヒーカップを片手に首を傾げていた。
その姿に、ふっ、と笑みを浮かべる。
「いや、睦月がここに最初に来た時と、蓮さんに脅されてた時の事を思い出しただけだよ」
「あー、俺、そん時休みだった」
後からその時の千春の意外な行動を聞いた神楽は、蓮と同じ様な反応をしたとかしてないとか。
「あとどんぐらいで帰ってくるんすかね」
「…さあ、案外早く帰ってくるかもよ」
「つか、やっぱ俺、蓮さんと一緒に住むってのが気に入らない」
「だよね、やっぱ無理矢理にでもこっちに住まわせようかな、」
「千春先輩って結構強引」
「安全第一だよ、神楽」
「………」
にこりと笑う千春の目は笑ってなかったとかなんとか、この人マジでやりそうだ、とその時神楽は思ったとか。
そんな話をしていたなんて、もちろん睦月は知る由もない。
- ちりん
きゃぴきゃぴとした女性特有の高い声で、店内の静けさが消える。
お昼の時間になると来る常連のOL達を見て、もうそんな時間かと千春と神楽は目を合わせて少し笑った。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
[*][#]
[戻る]
無料HPエムペ!