02
これでもかと目を剥き出しにする長男と目が合う。もしかしたら俺も見開いていたのかもしれない。
何が起きたのか理解が追いついていないのか、相手の眼球が気持ち悪いくらいに動いている。
そいつの口が少し、開いた。
「…ぐ……ッぁ、」
零れたのは、言葉にならない声で。
俺が掴んだ長男の手は、その手の持ち主の首にあった。
ゆっくりと手を離す。
右手にシャワーノズル。
お湯は出続けていて、洗面所を水浸しにしている。
用意していたタオルも下着も部屋着もずぶ濡れで、赤い血とお湯と、お湯で薄くなって広がる血と。
そいつは包丁を持ったまま、首にそれを深く食い込ませたまま、固まっている。
身体が下がり向いの洗面台に寄り掛かるそいつは倒れ込み、がくりと力と命を失った。
そいつの血が、首から溢れている。
「……はぁ…ッ…は、」
いつの間にか乱れている息を自覚する。ずきりと頭が痛んだ。
左手にそいつの血が付いている。
ぬるぬる、ぬめぬめ。
ぽたりと床に落ちる。
もしかしたら、身体に撥ねてきたかもしれない。顔が歪んだ。
右手を動かして、左手の血を流した。
ずきりと右手が痛む。
手の平の端が深く切れていた。
───ああ、混ざっている。不愉快この上ない。
ずきずきと痛み出す左手にシャワーを当てながら、ぼんやりと長男だった肉の塊を見ていた。
ふと、浴室に設置されている機械に表示されている時計を見る。
「……はぁ…、」
身体を泡だらけにしていた時刻から5分程度しか過ぎてなくて、その体制のまま時計を見続ける。
洗面所の外にまでお湯が流れているのに片付ける気は起きなかった。
テレビの音が聞こえる。
時刻が一分変わり、意識を戻して体を動かした。
シャワーで再び身体を洗い、濡れていないタオルを探す。
「………ぅ、わ…」
浴室を出ると、なんとびっくり、居間は血まみれ。
アパートだから洗面所の扉を開ければ右側は居間。
大きめの窓と、少しずれた壁際にテレビ、その目の前にテーブルとソファ。
反対側には、窓側に和室に続く襖と手間には洋室がある。
洗面所の向かいには、トイレ。
そして左に少し行った所に玄関。よくあるアパートの一室。
全裸を好まないのでタオルを見つけて腰に巻き付け、部屋着を取りに洋室へと向かう。
テレビの中で芸人が笑いを誘っていた。
グレーのスエットと黒のタンクトップを着て居間に戻る。
居間のソファに近づくと、うなだれて首から血を流す父親がいた。首は後ろから、前を横に深く裂かれていて未だに血が溢れている。床もソファも血まみれだ。
テレビでバラエティー番組が絶えず笑い声を出していて、この状況を笑っているように見える。
なんて滑稽なんだろう、なんて呑気に思っちゃいけないのかね、こういうのは。
俺は既に冷めてた。
いや、流石に浴室の扉が開けられた時はびっくりしたけども。
けど、それだけだった。
自分の携帯を開き、初めて掛ける場所の番号をプッシュした。
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