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───何かが動いている事ぐらいしか確認出来ない中で、心底可笑しそうに喉でくつくつと笑うその声が人に恐怖心を抱かせる事を彼は知っていた。
案の定彼の目の前で力無く座り込んでいる青年は、体を強張らせている。
揺らぐ視界の中で笑う彼の情報は皆無に等しく、両側にはビルの壁が高く聳え、背後もコンクリートの壁に閉ざされ向かいにいる彼の背後にだけ唯一の逃げ道が存在している。
夕暮れの時間で日は落ちあたりは薄暗く、この場所は更に冷たい壁に覆われ明かりが少なく暗い。
まるで猫のように暗闇で光るその眼が、青年にとっては今までの何よりも恐怖心を増幅させた。
自分は今、動けない。
体はそこら中痛むし数箇所の骨は良くてヒビ、悪くて折れている。
喧嘩には慣れていた。
慣れていたはずだった。でも。
「───なんだ、もう終わり…?」
この目の前に立つ人間は、それを嘲笑うかのようにかすり傷ひとつ付ける事なく喰らう。
渇いた喉を潤す水を血に変え、容赦なく噛み付き喰らうのだ。
ドクドクと、全力疾走した後のように心臓がうるさい。
息がうまく出来ない。
きっとまだ血は止まってない。
腕から脚から口から頭から、生暖かい液体が滑る感覚すら研ぎ澄まされた神経に響くほどはっきりと。
───突然、目の前の彼から溢れ出る高圧的な雰囲気が、ふっと消えた。
ゆっくりとしゃがみ込んだ彼は、青年と視線を同じく、先程よりも確認出来るその表情はしかし口端が上がり愉しそうに笑っていた。
「……っ」
「なぁ、あんた、『tutelary』のメンバーだろ」
「……!」
光る眼から視線を反らせず、彼が放った一言で口より先に目が反応してしまった。
瞬間、一層深く笑みを浮かべた彼が「大正解」と愉しそうにつぶやく声は、聞いていたはずなのに頭に入って来なかった。
なぜ。
なぜ、知っている。
確かに『tutelary』は有名なチームで、その傘下も増えつづけている。
だからと言って、上層部でもなく通り名すらないただの下っ端のような自分のことを、なぜ『tutelary』のメンバーだと知っている?
傘下チームのメンバーかもしれない、という考えはないのか?
視線は交わったまま、彼はまた、口を開いた。
そしてその発言にまた、青年は先程よりも大きく目を見開いた。
「───お前、黒い猫がどこにいるのか知らない…?」
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