13
千春はコーヒーを飲みながら店内をゆっくりと見回した。
蓮が自営しているこの喫茶店は、あまり知られていない。なにより、この場所は目立たない。
おばちゃんやおじいちゃん、時々OLのような女性が来店するくらいで普段はガラガラである。
従業員目当てに来る女性客もいるが、なぜか満席になることはない。
満席になったり繁盛してほしいわけではないらしい蓮は、しかし構う事なく変わらずの態度だ。
ふと、いまは事情で出勤出来ない小柄な従業員を思い出す。
ふわふわで手触りが良く、今時よくある茶色の髪に、ぱっと見平凡だがじっくり見れば小綺麗な洗礼されたパーツ。
そんな容姿だが、あの平凡な顔からどうやったらなるのか分からないような、時々妖艶な笑みを浮かべたりする。
笑うとかわいい、と千春は思う。
入ってきたのはいつだっただろうか。確か今18歳だから、一年半くらいだろうか。
最初、面接で来ていたのを見たとき思わず顔が歪んでしまったのを覚えている。身に纏う雰囲気が、異様だったからだ。
自分は何故か周りには昔から王子キャラと思われているらしいが、蓮や神楽には腹黒王子と言われている。だがその子は微笑みながら、王子様みたいだと言った。
そう、時任睦月という子は。
採用されてすぐの時は、感情のないような、笑うこともなくどこか何かを諦めているような、自分すらどうでもいいような、そんな目をしていた。
仕事は覚えも早く、初歩的な間違いはしたりするが、きっちりしている。
常識もあるし仕事的には問題がなかった。
けれど、16歳にしては落ち着きすぎているというか冷めていた。
今では表情豊かだが、時折、最初に見たような陰りが目の奥で見えた気がした事もある。
落ち着いている理由を知ったのは睦月が来て三ヶ月が過ぎた時、帰ろうとしていた所を蓮が引き止めて奥に連れ込んだ時だ。
拷問のような、暴露しないと帰さないとかなんとか脅していた気がする。
最初はさらりと嘘と分かるようなことを言っていたけど、当たり前のように見破られ、苦々しい顔でまるで他人事のように睦月は話し出した。
腕の切り傷もその理由も、自分の状態も状況も。
全てではないけれど大体の事を話ていて、話ながら時々傷のある方なのだろう左の二の腕を掴んでいた。
『───どうでも良いんですよ、どうなろうと。気が紛れるかなあ、なんて思って仕事探してましたし、たまたまここを見つけたんですけど。
どこにいたって、そこにいる気がしないんです。自分が自分でいれるような、安心するような場所なんてないな、って』
感情のない顔で、どうでもいいなんて言いながらもどこか安心を求めているようで。自嘲するその姿が、凄く小さく見えた。
そして少しだけ、ほんの少しだけ言葉に戸惑いを感じた。
あるはずのものを、あえて無いと言っているかのようなそんな錯覚。
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