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03
 



 付き合うなどと言っても一週間ほとんど共に過ごすだけだ。
 家は反対、連絡先は知っているが気分屋なところがある俺は必要最低限な連絡しかしない。学校でしか会わず、教室や廊下で手を繋ぐなんてバカップルしかしない。

 今までと変わらないのだから、肩書きがついた所で七日目になにも無かったかのようにグループに戻ればいい。
 俺はそれを伝え、呆然とする彼に微笑んだ。



「───じゃあ、校門まで一緒に帰ろうか。小学生の時に、たまにそうやって帰ったよね」



 俺はそのとき彼の目に僅かな恐怖が浮かんだ事に気が付いた。それでも、気付かないふりをして、彼に笑いかけた。



 なぜあの時その行動に出たのか、正直今でも分からない。だけどただひとつ言えるのは、俺にとって交際というものは興味や意味を持っていないということ。


 好意、愛、欲望。


 誰かを独占したいと思うような好意を俺は抱いたことがない。だからこそ、遊びには遊びを返し、悪ふざけには悪ふざけを返すことが出来た。
 小学生からの友達の中でも最もよく会話していた彼だったからこそ、辿り着いた結果だった。
 浅く広く、去る者は追わず、来るものは拒まず。そうやって過ごしてきた今までが、今の自分を作っている。


 そこに俺の弱さや臆病さがあるのも間違いではなくて、間近で人の気持ちの変わりやすさを目の当たりにしてしまえば、自然と身に染みて、自覚のないまま育ち、他人と深くかかわろうとしない自分が出来た。
 ゆうき、だなんて名前負けも良いところだ。




 ───そして今、だからこそ、不思議でならないのだ。
 生徒から教師へ向けられる事の多い恋慕は、教師が断ち切ろうとするのが当然で、まあ良くて卒業まで待てとかだろう。




「祐希ー、」
「はい」
「悪い、そこの棚から、あー…三段目の右から六番目のファイル取ってくれるか」



 ちょうどその棚の近くにいたから、文句を言わずにファイルの並ぶ六段の棚の前に立ち三段目に目を向ける。
 背表紙に何の資料のファイルかが書いてあるけれど、この三段目は主に大学問題集のファイルで埋まっている。その右から六番目を数えて手に取って背表紙の字に目を通しながらデスクに向かう。




 ───だけど、この人は違う。
 高校一年からの担任で、数学の教師で、人気がある若い男性で。
 そんな人が、俺に言うのだ。
 冗談のような言葉と裏腹に本気の目で、投げやりなようで慎重に、諦めようともせず、けれども大っぴらではなくて、少しずつ少しずつ近付いて、そして笑うのだ。



『俺が本気で捕まえようと思った時から、お前はもう逃げられねぇから』



 2年の中頃に言われたその言葉に、どこの少女漫画の台詞だと突っ込んだは良いのだけれど、その台詞と表情が驚くほど違和感なく耳と目に飛び込んでくるものだから、俺はただ普段と変わらない言葉を返すしかなかった。


 普段と変わらない。
 先生と出会って関わっていくうちに、当たり前になってしまったやりとり。
 いつの間にか、先生は俺を変えていく。広がるシミのようにゆっくりと、気付けばもう、色がついている。



 


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