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case‐1【修学旅行前】
 



 ───帰宅したら恋人が我が物顔でベッドに寝転んで携帯を弄っていた。見てるのはどうせ趣味の小説サイト巡りだ。
 こうして見ていると毎回、こいつには危機感というものがまったくないと思う。幼馴染みっていう立場から恋人になったのだから、まあ、心を許してくれるのは嬉しいんだけど、ちょっとくらい意識はしてほしい。男としては。


「おかえりー」
「…ただいま」


 声色は普通。
 でも空気がちょっと違っていた。
 なんだろ、と思っていると、唯はうつぶせだった体を勢いよく起こしてその場に座り、隣を叩く。
 来いってこと?

 首をかしげつつ座ると、いきなり肩を捕まれた。がしっと。びっくりした。
 しかし眼鏡の奥に見えた目に覚えがあって、座ったことを少しだけ後悔した。
 唯は感慨無量を一杯に表した目で語りだした。



「2年になって今のクラスで良かったって心底思ってる」
「……うん」
「チャラ男一途×毒舌美人だけじゃなく不良×無自覚美形まで発生するなんて夢かと思って最近寝れなかったの」
「……うん」
「でも、でもね、それよりも!あの美形集団の中にサチが入るなんて私の夢がひとつひとつと叶っていくこの幸せ!しかも修学旅行の班が一緒!転入生に関してはちょっと残念だけど訳ありっぽいあの雰囲気たまらん!略奪フラグとか期待してるんだけどどう思う?!でもやっぱり転入生だから生徒会×転入生もいいよね!」
「……うん…?」
「このまま行けば文化祭は私の独壇場に出来るかもしれない!」
「…は?」



 話の半分くらいしか理解できなかったけど、段々興奮で声が大きくなっていった末の発言に思わず変な声が出た。
 文化祭が独壇場ってどういうことだ、とキラキラした目を見ていると、目の前の唯はもう興奮で妄想に入っていた。


「……唯ー?」
「はぁぁぁ……修学旅行に体育祭に文化祭…間の夏休みはどうなっちゃうのかなぁ…でも学校で生で拝めるなんて幸せ過ぎて昇天する」
「……」



 彼氏を目の前にして趣味で幸せ一杯になっている唯に、ちょっとムッとする。
 趣味に関して嫉妬するのは、嫉妬した所で無駄に疲れると気付いたからもうしないけど、こう、自分が居なくても充分幸せそうな顔を見ていると寂しいというか。


「唯はオレが居なくても幸せそうっすよね」
「ん?何いってんのサチ」



 本当に、何を言ってんだ、という顔をされて余計モヤモヤした。
 肩にある手を取って離すと、興奮が冷めた通常の唯がそこにいる。



「…だってさ、趣味で満足してるし、オレはその趣味の内に入ってて…、んー…なんつーか、付き合ってるのに、なんか、唯はオレが好きとかそーいうんじゃなくてただ間近で見れる妄想に組み込まれた趣味の一部みたいな…、あぁー…もーわかんねぇけど!寂しいんだよ!」
「……」



 言ってること自分でも分かんない。
 嫉妬の八つ当たりで自分が嫌になってくる。
 ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜてうつむくと、無言だった唯がオレを呼ぶ。

 居たたまれなさに、ちょっとだけ顔を上げると、感情の読めない顔があった。



「私は趣味の為にサチと付き合ってるんじゃないよ」
「……分かってる」
「分かってない。分かってないなぁ、まったく」
「……」



 呆れるようなそれに、ムッとして眉を寄せると、それを見た唯が穏やかに笑って、なぜか眼鏡を外してテーブルに置いた。
 一連の流れを目で追って、眼鏡がない唯の大きい目がちゃんと見える。


 やっぱり眼鏡ないほうがいいな、と思っていると───唐突に体が押されて視界が天井を映す。
 え、と思うもすぐに視界いっぱいに唯の顔が映りこみ、押し倒されたのだと理解した。



「え、…ちょ、」
「確かに妄想にサチをあてることもあるよ。ズボラ教師×爽やかとかリバでもいいけど、先輩×後輩とか部活してるとこ見ると滾るけど、違うんだよ、サチ」
「えー…と…?」
「それは全部、私だけの妄想であって、現実に望んでるわけじゃない。あくまで妄想。サチは私のだし、私はサチのだし、現実に他の誰かとくっついてほしくない」
「……」
「不安になる姿は妄想が爆走するほど可愛いけど、私はサチが好き。ちゃんと、サチと同じ気持ちの好きだから」



 なんだろう。
 嬉しいことを言われてるのに、前半の発言がぶっちゃけ凄く邪魔。
 それでも、その目が寂しそうに揺れるから。



「ごめんね、サチ」
「……いや…いい。うん。もう大丈夫。ごめん」



 安心して、確信して、愛しくなって、恥ずかしくなって腕で目を隠した。
 のに。



「サチ腕邪魔」
「うわっ、んむ…!」



 あっさり退かされて、そのまま口を塞がれた。
 押し倒されて馬乗りされてキスとか…。

 ほんっとに危機感ない。
 でももしかしたら、あえて無いのかもしれないと思った。
 どかされた手が細い指に絡まれて、縫い付けるように布団に押し付けられる。

 ……なんか襲われてる気分になる。実際襲われてるみたいなもんだけど。


 唇が離れて、至近距離で合わさる目に、耐えられなくなりそうになった時。



「あー…押し倒されて襲われてるこの感じヤバイ。相手はやっぱり不器用強引で無防備な姿に煽られてつい押さえつけちゃった的な。可愛い」
「………」



 やっぱりそう来るわけね…。
 いい雰囲気が一気に唯の妄想色に飲み込まれたのを感じた。
 同時にこれからもこうやって振り回されるんだろうな、と可愛い顔した小悪魔を間近で見つめながら思う。

 でもちょっとくらいは、反撃させてほしい。
 そのまま妄想に浸りそうになった唯を軽々と押し倒し返して、動揺する姿に満足しながらも抑えきれなくなった欲をぶつけることにした。


END
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幸丸も健全男子です。


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