短編集(~2019)
06
男は、『三門 悠』と名乗った。
そいつがなんであんな路地裏にいて、なんで俺を拾ったのかは分からない。
その手の商売人なんだろうか、なんて思ったけど何も持たない俺はそんな事なんて別にどうでも良かった。
三門は俺を抱えて淡々と歩き、路地裏を抜けてすぐの細い道路脇に停められた黒塗りの車の後部座席に寝かされた。
周りに人は、いなかった。
男は俺の頭を撫でると、ふっと笑う。
「売らないから安心しとけ。手当てしてやる」
「………」
思考を読まれ、手当てすると言われ、なんて返せば良いのか分からなくて。
お礼?謝罪?拒絶?
ぐるぐる回る。
男は無言の俺を見てから、するりと後部座席から抜け運転席へと移動した。
私物だろう車は広くて、高そうで、座席はふかふかで。
金持ちなんだろうな、なんて思った。
左側に頭を向けて寝ている俺から右側の運転席に座る男の横顔が見える。
滑らかに走り出した車。
どこに行くのかなんて、わかるわけがない。
無言のまま呼吸だけをして。
何も言わない男の横顔を俺はずっと見ていた。
なにもない。
車のエンジン音、周りから微かに聞こえる音、呼吸、鼓動、視線。
手当てをしたら、どうするんだろう。
やはり事情は聞かれるよな。
なんて答えたらいいんだ。
───俺を愛してると言った兄貴に、丸ごと全部棄てられました、て?
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