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短編集(~2019)
唯一の人との再会に涙を堪えて甘美を創る
 


 深夜という事実を構う事なく鳴りつづける電話を取ったのは、何日前だっただろう。
 もしかしたらもっと過ぎてるのかもしれない。
 事故ってのは不可抗力で発生する不幸である事も有り得る、と誰かが言った。
 そんなもん、もうどうだっていいんだ。


 白いベッド、白い壁、白いカーテン、白い天井。
 あるものの殆どが白い。
 白が清潔を現すなんて、誰が決めたんだ。
 俺にとって『白』は、空白だ。
 『無』だ。『絶望』だ。

 それでも俺は、その空間にいる唯一の人に会いに行く。
 けど。


 唯一の人は俺を知らない。
 唯一の人は自分を知らない。
 唯一の人は、何も知らない。
 体だけが成長した赤ん坊のような人。



「こんにちは」
「…あ、こんにちは。また来てくれたんですね」
「いつでも来るよ、君に会いに」


 俺にとっても、多分きっと唯一の人にとっても救いなのは、24時間経ったら記憶がリセットされるという事態にはならなかったってこと。


 だから唯一の人は俺を覚える。
 これから先もずっと、知り合ったばかりの時みたいに、日々新しく書き変わる。



「今日はうまいお菓子持ってきた」
「わあ、本当ですか!…あ、でもいつも悪いです」
「いいよ。…俺も、食べたかったから」
「好きなんですね」
「…ああ、好きだよ、とても」


 唯一の君が、大好きでずっと食べてたお菓子だから。


「……いただきます」
「ハイどーぞ」
「んん、おいしい!はまりそう」
「ね、」



 記憶をどこかに落としてきたとしても、変わらないものがあるから俺はきっと絶望に勝てるんだ。
 出会ってから、一緒に上書きしてきた六年分をリセットして、またはじめから寄り添って行きたい。


 俺の幸せが、君の幸せになるように。
 君の幸せが、俺の幸せであるように。
 愛してる。
 俺はなにも、無くさない。



END
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事故の後遺症により記憶喪失になった恋人の元に、暇を作っては毎日通う。

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