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会社を辞めて、一人旅をしようと思ったのが何年か前。
やっと実行したのは今年の半ば。初夏に入る頃だ。
次の職も決まっていて、何のしがらみもない旅行を楽しむ予定だった。

「最悪だ……」

バス停から歩いて5分で着くはずの旅館に何故か一向に着かない。歩いても歩いても明らかに住宅街。
途方にくれてベンチに座る。爽やかな風が火照った体を冷やしてくれた。

「お嬢ちゃん。どうしたんだい?そんな大荷物で大変だろう?持っていってあげようか?」
「あ、いえ!大丈夫です!」

見知らぬおじいさんが優しく話し掛けてくれた。思わず断ったがおじいはんは眉を寄せて首を振る。

「この辺も物騒でね。君みたいな可愛い女の子は危ないよ」
「か、可愛いだなんてそんな!大丈夫ですよ!タクシーでも拾って「そうだ。孫を呼んであげよう。どうせ暇だろうからね」

おじいさんは携帯を取り出し電話をかけはじめる。その場を去るわけにもいかずに待つ。

「キリ。車を出してくれないか?人を送ってほしい。公園にいるから」

おじいさんは“キリ”と呼んだ人と二、三言葉を交わして携帯をしまった。

「来てくれるよ。直ぐに着くだろうから待っててくれないかい?」
「なんだかすみません。何から何まで」
「いやいや。ここを好きになって欲しいからね。是非、楽しむといい。なんなら孫を案内人にしてくれても良いよ」
「いや、そこまでは…」

改めておじいさんを見ると素敵な老紳士で喫茶店でも経営していそうだ。昔はイケメンだっただろう。

「あの、お名前を聞いても?」
「ああ。名乗っていなかったね。林原だよ。街で喫茶店を経営してるんだ。良かったら思い出作りに来てくれると嬉しいよ」

期待を裏切らないおじいさんだった。

「是非。私、成宮カナって言います。今日は本当に助かりました!ありがとうございました」
「いや、礼は孫に言ってくれるかい?」

林原さんは手を挙げて、白いハイブリット車を手招いた。車は静かに止まる。ドアが開いて人が出てきた。思わず息を飲んだ。

「早かったね。桐生」
「急かしたくせに。全く孫使いが荒いんだから」
「急かさないと早く来ないだろう?」
「人が待ってるなら話は別だよ」

まるでモデルの様な人だった。
派手な顔立ちなのに格好は黒いTシャツにデニム。シンプルなのにその人が着ているだけで高級感があった。
一くくりに結んでいる髪が揺れる。

「カナさん。この子が孫娘の桐生。桐生。この方は成宮カナさん」
「初めまして。林原です」
「は、初めまして!成宮です!今日はありがとうございます」

お互いにお辞儀をした。
桐生さんは優しい笑みを零す。誰もが見惚れるだろう笑顔に顔が熱くなる。

「ヒマしてたので構いませんよ。じいちゃん、父さんが呼んでたから戻ってあげなよ?」
「もう少ししたら戻るよ。僕だってやることあるんだからね」
「どうせ古本屋に行くんでしょ?可哀相だから早目に戻りなよ」
「わかったよ。カナさんを頼んだからね?」
「もちろん。ところで何処に行くんですか?」

私は携帯を出して旅館の確認をする。林原さん達も携帯を覗くと二人は一緒に笑った。

「カナさん。この旅館はここから正反対の場所にあるんだよ。似た地名のバスに乗ってしまったんだろうね」
「そ、そうなんですか?私、あの……すみませんっ」
「謝らないで下さい。ここら辺、そういう所が割りとあるんですよ。じゃあ、乗ってください」

二人はニコニコ笑って私を車に促した。桐生さんはトランクを開けてキャリーバッグを積んでくれる。華奢に見えて意外と力があるようだ。

「じゃあ、良い旅を。キリ、観光案内でもしてくると良いよ。3日まで休みにしてあげるから」
「マジで?やったー」
「え?そんなっただでさえ迷惑かけてるのに「成宮さん。私の休みのためにお願いします!」

林原さんは手を合わせて頭を下げた。無下に断るわけにもいかずに了承する。
後ろの席に座ろうとすると何故か助手席に促された。仕方なく座ると窓が開いた。

「じゃあ、行ってくるよ。じいちゃん」
「あの、ありがとうございました。なんてお礼を言ったら」
「構わないよ。若い女の子と話せて楽しかった。いってらっしゃい」

車が発進し、林原さんの手を振る姿が小さくなっていく。少しの間しか話さなかったのに寂しく感じた。

「うちのじいちゃん、いい人でした?」
「とっても」

林原さんはふふっと声を出して笑った。多分、すごく仲が良いんだろうな。




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あきゅろす。
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