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真っ赤な海に彼女は立ち尽くしていた。

「閣下……まさか、貴女がこんなことをするなんて……」
「うん。でも、限界だった」

彼女はいつもの口調で話す。飄々としたそれに思わず眉を寄せた副官。しかし、直ぐに表情が落ち着く。

「私は人を殺すために軍人になったわけじゃないのにね。父は…国王は殺人マシーンとしての私が誇りだったらしい」
「存じています」
「全く良い迷惑だよ。人を殺すのが好きな奴なんて他にもいただろうにね。娘にそれをさせるなんて馬鹿だね」

彼女は白い軍服を赤に染めたまま話しを続けた。副官は一歩前に進み距離を縮める。

「私はなんで軍人になったんだろうね」
「才能がおありでしたから。兵士の士気をあげ、最高の戦略を考える天才だと思っています」
「才能ね。嫌な才能だ。人を殺す才能なんて私はいらなかったよ」

彼女は自嘲するように笑った。それから国王の首を飛ばした軍刀を振ると血を飛ばす。

「私の指揮で何人死んだだろうね。私の作戦で何人死んだだろうね。私の才能は何人殺せば消えただろうね」
「貴女が救った命はその命の何倍にもなります」
「人の命を数で数えるな!!!」
初めて聞いた上官の怒号に副官は思わず肩を竦めた。その様子に彼女は顔を初めて上げる。美しい顔立ちだったが白髪がその悲壮を物語っていた。キラキラと輝くオレンジの瞳が苦しげに揺れる。

「ああ。すまない。どうも感情が上手くコントロール出来ていないようだね」
「いえ、私も過ぎた事を……閣下。私も貴女に救われた一人です。どうか、奪ったことだけに目を奪われないで下さい」

副官のその言葉に彼女は目を細めた。それから首を振る。

「頭では分かっているよ。君の言葉はいつだって私に勇気をくれるね。ありがとう」
「……閣下。これからどうするおつもりですか?」

彼女は軍刀を見つめながら言葉を探しているようだった。遠くに転がった国王の頭は目だけを虚に彼女に向けている。

「そうだね。私を国民は許さないだろうからなあ。死んで詫びるよ。偶然、今日は褒章式典だからね」
「良くもそんなことをぬけぬけと……いつから計画していたのですか?」「君が私の副官になる前からだよ。もう10年は経ってるね。私はいつだってチャンスを狙っていたよ。そして、今日だっだ。良い天気で、しかも国民がほとんど集まっている。何より、父に護衛が付かない日だったからね。誰もまさか娘が父を殺すなんて考えても無い」

いつもは畳み掛ける話し方をしない彼女が立て続けに話す。
彼女が高ぶっているのは明らかだった。

「……閣下。貴女が死ぬつもりなら私もご一緒します」
「え?」
「貴女の目論みは承知していました。ただいつかはわかりませんでした。でも、私はいつでも貴女と共に行くつもりです」

冷静に言ってはいるが内容はまるで…―

「君は―…変わらないね。可愛い女の子なのに意思は固い。融通利かないくせに思考は柔らかい。私には厳しいのに部下には優しい…だから、愛しいよ」

柔らかく笑った彼女に副官はゆっくり歩み寄る。彼女は動かない。

「閣下。愛しております。どうか、私にも貴女の苦しみを分けてください」
「できない。これ以上君を巻き込むことはできない」
「貴女が死んだ後、責任を問われるのは私ですよ?十分、巻き込まれています」
「……敵わないね」

彼女は軍刀をしまうと副官に向けて両腕を広げて笑った。副官は思わず瞳を潤ませながら胸に飛び込む。

「ゴメンね。何も言わないで」
「いいえ。慣れてますので。貴女が自ら旨のうちを明かすわけないと知っています」
「ははっ。うん。君なら分かってくれると甘えてたよ」

副官の頬を撫でた彼女の指は手袋越しでもわかるくらい冷たかった。

「それじゃ、行こうか」
「はい」

彼女は副官を先に促した。
そして、首に手刀を当てて気絶させる。副官は声もあげずに崩れ落ちた。それを彼女は抱き留め、額に唇を落とす。

「馬鹿だな。君を道連れにするわけないじゃない。ねぇ?我が弟」
「やはり、気づいていましたか。姉上」

扉を開けたのは彼女の弟だった。良く似た顔立ちの二人は目の色だけは違っている。

「君は小さい頃からかくれんぼが苦手だったね」
「姉上が見つけだすのが天才的に凄かったんですよ」
「ははっ。そうか、私か」

彼女は少し疲れたように目を伏せると副官を横抱きにしてソファに寝かせる。弟は静かにその様子を見守った。

「彼女を頼むよ。自殺なんてさせないようにね」
「…―保障はできません。彼女の貴女を慕う気持ちはご存知のはずです」
「だからだ。愚かな私の後追いをしたところで一緒にはなれない」
「……出来る限りを尽くします。貴女の弟としてその子を見守ります」
「それでこそ我が弟だ。この国のことも頼んだよ。君だけじゃない。下の弟達にもそう伝えといてね。平和な国にするんだよ」

彼女は真っ直ぐ弟を見た。
オレンジの瞳がキラキラと輝いたのを見た弟は静かに涙を流した。

「どうしても死なねばならないのですか?貴女がこの国を治めれたらきっと望む通りになります」
「これはけじめだよ。親を殺すことはどんな理由であれ重罪だ。この国でも外国でも、だ」

真っ直ぐな視線に弟はただ頷く。それから、扉を開き広間に促した。
彼女は一瞬だけ副官を見つめて笑って見せる。

「さよなら、私の希望」


(さようなら、私の女王)




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あきゅろす。
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