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君に恋する日々 2
*一緒に畑当番の日*




「よう、君達揃って今から内番か?」


大倶利伽羅と共に目的の場所へ向かうべく本丸の中庭を歩いていたら、畑当番か〜と何とも明るく陽気な声が掛けられた。


「あ、鶴丸さん!」


全身が白で覆われた美麗な男が縁側からひらひらと手を振っている。光忠は笑顔を浮かべて男の方へと近付いた。


「そうだよ、僕達今から畑当番なんだ。」


内番用のジャージに身を包み、野菜を入れる為のかごを両手で抱えているので鶴丸からすれば一目瞭然だったのだろう。


「倶利伽羅は野菜担当は初めてだから、今日は色々教えてあげるつもりだよ。」

「そうか。俺はな、今から鶯丸のとこで茶を飲む予定だ。石切丸も交えてな。のんびり世間話もいいもんだ。」

「3人はお茶飲み友達だったよね。」

「爺同士仲良くするのもいいことだからな。」


その若い見た目では俄に信じにくいかもしれないが、鶴丸は平安生まれで千年以上の時を生きる太刀だ。非常に儚げな外見を裏切るいたずら好きなところがあり、毎日各方面に驚きを与えている。光忠よりも少し前に顕現した彼とは織田の家で共に同じ時間を過ごしたことがあるが、その当時は面識はなかった。ここに来てからは大倶利伽羅という共通の話題を通して親しくなり、今では随分と仲が良い。ちなみに2人の間には大倶利伽羅は優しくて真っすぐな可愛い刀という共通認識があったりする。そして、鶴丸には胸に秘めたこの想いが早々にばれてしまってもいた。彼曰く、倶利坊の話をする時の君の瞳を見ていれば嫌でも分かるがな、だそうだ。彼に知られてしまったのは恥ずかしくて情けないが、光忠の気持ちを知っている上で親身に相談に乗ってくれたりと何かと協力的なのは純粋に嬉しかった。


「そうだ、朝天気予報とやらを見たんだが、主が持ってるあの情報端末だ、あれは色々面白いよな、時々俺も借りたりして…おっといかん、話が逸れた。天気のことだった、確か今日は午後から気温が上がるらしい。まぁ無理はするなよ。」


季節は少しずつ移ろいでいる。縁側から雲ひとつない真っ青な空を見上げた鶴丸が眩しそうに目を細める。光忠もつられるように空を眺めた。畑当番には絶好の天気だった。


「そういやぁ、今日の夕餉は光忠が当番だったよな。」

「そうだよ。鶴丸さんに喜んでもらえるように美味しい物を作るつもりだから。」

「ははっ、いいねぇ。君の料理はこの本丸で暮らす奴らの楽しみと言えるからな。」

「褒めても何も出てこないよ。」

「俺は本当のことを言ったまでさ。」

「そんな風に言われちゃったらね……おかず一品増やしてあげてもいいかな。」

「おおっ、そりゃ嬉しい…あっ、」


鶴丸が不意に高い声を上げた。


「どうしたんだい?」

「君を独占し過ぎたようだ。後ろに控えてる龍の怒りが本格的になる前に俺はこれで退散するとしよう。じゃあな、光忠。」


ばちんと片目を閉じて光忠に笑みを見せた鶴丸を見送ってすぐに背後を振り返ると、少し離れた場所で大倶利伽羅が溜め息を洩らしているのが見えた。


「べらべら喋って相変わらずやかましい奴だな。」

「こらこら、鶴丸さんは年長者なんだから。」

「別に敬う必要はない。あいつに関わると碌なことにならないのは昔からだからな。」

「でも僕達のことを同じ伊達の家に居たよしみだからって可愛がってくれるのは嬉しいよ。」

「国永はお節介焼きなだけだ。」


大倶利伽羅はふんと鼻を鳴らす。けれども満更ではないようで、目元が僅かだが緩んでいる気がする。


「鶴丸さんはいい人だよ。それに君と同じで優しい。」

「別に俺は…」

「君は、優しいよ。」


もう一度同じ言葉を告げると、龍の子はばっと光忠に背を向けて先を歩き出した。


「あれ?もしかして恥ずかしかった、倶利ちゃん?」

「いいからさっさと行くぞ、光忠。」


ああもう本当に可愛いと思う。光忠は気配だけで小さく笑ってから愛おしい背中を追い掛けた。






白がよく似合う平安刀と話し込んで少し寄り道をしてしまったが、無事に本丸の奥にある畑に着いた。本丸では審神者の教えの下、基本的には自給自足の食生活が推奨されている。政府から支給される食材以外は自分達の手で世話をして作り出すという訳だ。刀が畑仕事など、と以前は渋る者も居たが、今では皆が皆真面目に野菜の栽培に取り組んでいる。


「よし、じゃあ始めようか。」


まずはトマトの列の前にしゃがみ込み、熟れた物だけを選り分けて持って来たかごの中に入れていく。勝手が分からない大倶利伽羅には収穫して良い物とまだその時期ではない物の見分け方を教えてやった。説明を頭に入れた彼は真剣な顔で野菜と向き合っている。光忠はくすりと笑って自分も同じように赤く艶やかなそれに手を伸ばした。


本丸の畑で獲れる野菜はたくさんの種類がある。なすやきゅうり、ほうれん草、じゃがいも、にんじんなどはほんの一例である。さらにはずんだ餅用の大豆まで植えられているのだ。野菜の育ち具合を確認したり雑草を引っこ抜いたり、新しい苗を植えたりと他にもやることはあるのだが、本丸の食卓を豊かにする野菜の収穫が畑当番の最も大切な仕事であった。


「これからどんどん暑くなるみたいだし、麦わら帽子でも被らないといけなくなるね。」

「あんた似合いそうだな。」

「そういう君こそ、爽やかで健康的に見えると思うけどな。」


収穫する手を止めぬまま、とりとめのない話に興じる。空の青と野菜の緑や赤の対比がやけに綺麗に見えるのは、この身が今は人の身体であるからだろうか。そんなことを考えながら隣の大倶利伽羅に視線を向けた光忠は彼の顔に思わず視線が吸い寄せられた。顔を汚して一生懸命内番に励む彼が酷く眩しかった。


「ここ、土がついてるよ。」


野菜を収穫するのに使っていたはさみを一旦脇に置き、鼻の頭を汚れていない方の指先で軽く拭ってやる。大倶利伽羅は猫のように少しだけ目を細めてされるがまま大人しくしていた。よし、大丈夫だよと笑い掛けると、彼が口を開いた。


「あんたもだ、光忠。」

「え、僕も?」

「ついてる。」

「嫌だなぁ、気付かなかった。どこらへんだい?ほんと格好…」


悪いよねと言い終わる前に頬に指が触れる。手拭いで綺麗に汚れを落としていたらしい細い指が頬を優しく撫でた。


「く、倶利伽羅…!」


前触れもなく触れられて肩が跳ねる。動揺してしまったが、彼の前でみっともなく顔が赤くなるのだけは耐えたのだから上等だろう。


「どうした?」


ぐっと顔を近付けて瞳を覗き込んでくる。そういうのは、反則だ。


「あ、いや…何でも、なくて……その、ありがとう。」

「礼には及ばない。」


畑仕事ですらこうも心臓に悪い。けれど。それでもやはり2人で一緒に何かをするのは楽しくて。ただただ心が弾んで。


「また次の内番も一緒になるといいね。」

「ああ、俺もそう思う。」

「今日の夕餉はさ、獲れたての野菜を使うつもりだからね。きゅうりはサラダにして、なすとトマトの冷製パスタなんてどうだい?あ、でもなすの煮浸しにして和食中心にするのも捨てがたいなぁ。…そうそう、鶴丸さんも楽しみだって言ってくれたし、はりきっちゃおうかな。」


横からくいっと腕を引っ張られた。


「おい、国永だけじゃないぞ。」

「え?」

「俺も楽しみにしている。」

「…っ、うん。」

「あんたの作る物は何でも美味い。」


嬉しかった。誰に言われるでもない彼からの真っすぐな言葉が。ありがとうとはにかんでみせると、事実を言ったまでだと早口で返された。それから黙って野菜をかごに入れる作業を再開した彼は、どこか少し照れくさそうだった。


―― 君と一緒にできることが少しずつ増えていく。それがこんなにも僕の心を温かくさせる。それがどんなに幸せか、いつか君に教えてあげたい。

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あきゅろす。
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