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君と僕の恋の始まりは
高校生廣光くん×大学生みっちゃん




『今一番気になっているものは何ですか?』


雑誌に載っている流行の服や有名店の人気スイーツ、安く行ける海外旅行、車、注目若手作家の次の新刊、はたまたま所属ゼミの合コンまで。関心を寄せて夢中になっているものというのは人それぞれで、この問いには色々な答えがあるだろう。あなたが今一番気になっているものは?誰かにそんな風に問われることがあるとすれば、それは間違いなく彼のことだなと燭台切光忠は思う。


大倶利伽羅廣光。光忠がよく勉強を見てやっている年下の幼馴染みの青年だ。世話焼きでおしゃべり好きな光忠とは正反対の寡黙な性格の高校生である。一見するとあまり気が合いそうにない彼と今現在も仲良くやれているのは、きっと年下の彼が気を回してくれているからなのだろう。あまり他人には気付かれにくいが、心根が優しく真っすぐで、その清廉さが内側から容姿にも表れている。片側だけを伸ばした焦げ茶色の柔らかな猫っ毛。健康的な褐色の肌。強い意思を宿した金の瞳。人目を惹く端正な顔立ちはまだ少しだけ少年の名残りを残しており。幼い頃からすぐ近くでその成長ぶりを見て来た光忠としては、今の彼はどこから見ても文句なしに格好良い子になったと思っていた。


さらに彼は内から溢れ出た見た目の良さだけを持ち合わせている訳ではなかった。頭の回転が良いから勉強の飲み込みも早く、教えたことをすぐに結果に出してみせてこちらを喜ばせてくれる。そして、年上だからちゃんとしないといけないよねといつもどこか気を張っている自分とは対照的に冷静で落ち着いており、物事に対する考え方も成熟しているように感じられた。これでまだ高校2年生なのかと圧倒されることもしばしばあった。僕は身長くらいしか君に勝てていないんじゃないかな。廣光と顔を会わせる度に頭に浮かぶことだった。そうだ、これからもずっと彼に勝つことはできやしないのだ。本当は嫌になるくらい理解している。自分は彼には勝てないのだと。何故ならそれは。


「廣光くん。」


惚れた方が負け。恋愛物の小説や映画なんかですっかり使い古されて、それこそ誰もが知っている恋の立場関係を明確にしている言葉。光忠はまさにそうなのだ。よく勉強を見てあげている年下の幼馴染みの青年にもうずっと長い間恋をしている。みつただ、と名前を呼んで後ろをついて来ていた彼のことを弟のように可愛がっていたはずなのに、いつしか恋心を抱いてしまったのだ。だから、勝てないのだ。廣光と些細なことでも言葉を交わせば、嬉しいのに苦しくなる。この前の試験の結果が良かったのはあんたのおかげだと満足げな顔を見せてくれるから、幸せな気持ちになるのに切なくなる。彼のことを考えると心臓の辺りが温かく感じるのに、同時に上手く呼吸ができなくなってしまう。頭の中は様々な感情が渦巻いていて、けれども全部知らないふりをして生きている。本来向けてはいけない恋情をもはやどうすることもできず、笑顔の下に全てを隠して彼の隣で笑っているのだ。何たる無様と心の中で自分を嘲笑っているのだ。それでも彼の隣から離れることができなくて、結局この恋に勝てる見込みもないままに、こうして今日も勉強を口実に彼の部屋を訪れる。


「廣光くん?」


見慣れた部屋のドアの前でじっと待ってみるが、いつまで経っても応えがない。普段ならば光忠が名前を呼んで軽くノックをすれば、入ってくれと穏やかな声が返って来るのだけれど。


「入るよ?」


今日は英語の長文読解の解き方のアドバイスをする約束だった。真面目で礼儀正しい彼はこれまで約束をすっぽかしたことなど一度もないし、いつも光忠を出迎えてくれるのだ。このまま廊下に突っ立っている訳にもいかず、悪いとは思ったが先に部屋で待たせてもらうことにした。両親が共働きであったので小学生の頃からお互いの部屋を往き来しており、廣光の部屋は勝手知ったる場所だった。


「…あ、」


そっとドアを開けて目に映った光景に光忠は知らず小さく声を上げていた。窓際に視線が吸い寄せられる。机に突っ伏すようにして廣光が静かに眠っていた。脇には広げられたままの英語の辞書と問題集にノート。光忠が訪ねて来る前に自分で問題を解いていたのだろうか。音を立てずに彼の側まで歩いて行く。顔に掛かる横髪を後ろにやりながら、彼のノートを覗き込んだ。


「君は本当に頑張り屋さんだね。」


問題集とノートにはたくさん書き込みがあって彼の勉強に対する真摯な姿勢が伝わって来た。廣光を起こしてしまわないように注意しながらノートに目を走らせていく中で、ある書き込みを見つけた光忠の肩が小さく揺れた。


この部分は光忠に質問する


丁寧に書かれた『光忠』という2文字。その文字の羅列から目が離せなかった。彼が自分の名前を書いてくれた。たったそれだけで、光忠の心は廣光で一杯になる。廣光だけしか見えなくなる。


「ひろみつ。」


レースのカーテン越しの柔らかな午後の陽光が音もなく彼の上に降り注いでいる。高校生になり再び成長期を迎えている今の彼は酷く魅力的だった。細身ではあるが均整のとれたしなやかな身体。白のVネックのシャツから覗く腕にもしっかり筋肉がついている。まだ少しだけ少年の名残りを残している端正な顔はいつの間にか精悍さも兼ね備え、凛とした雰囲気を放っていた。


「……」


彼は眠っている。まだ自分の気配に気付いてはいない。今ならば。身の内から溢れ出すような抗えない欲求に小さく喉が鳴る。少しだけ。ほんの少しだけだから。こんなことをする僕を許して。彼の隣に立ったまま、ゆっくりと腕を伸ばす。小刻みに震えている指先が情けなくて。それでもどうしても触れたことのない場所の温もりを知りたくて。壁に掛けてある時計の音も窓の外の鳥の声も遠くなる。2人だけの小さな世界の中で伸ばした指先が頬を滑り、その先に触れようとしたまさにその瞬間、光忠は息を飲んだ。


「何やってんだ、あんた。」


野生の獣を思わせる金の瞳が至近距離から真っすぐに向けられる。目を覚まして上半身を起こした彼が黙って光忠に視線を向けた。黄金色の中に映る自分の顔がぐにゃりと歪んで見える。片想いの相手に身勝手に触れようとした自分の浅ましさを見透かされたようで唇が戦慄いた。


「……っ、」


音もなく降り下ろした右腕を片方の手できつく握った。羞恥心と居たたまれなさが光忠の全身を襲う。自分は今彼に何をしようとしたのだろうか。頬に触れて、そして。その先まで考えたら罪悪感で死にそうだった。


「ごめん、廣光くん…僕、」

「光忠。」

「今日はもう帰るから。」


泣きそうな声になるのを堪えられないままにごめんねともう一度呟いて逃げるように背を向けたが、それ以上は足が進まなかった。自分とは異なる温もりを感じる先へと恐る恐る視線を落とす。ぎゅっと強く右腕を掴まれていた。


「あ…」

「こっちを向いてくれ、光忠。」


低く甘い声が耳朶を打つ。そんな優しい声で名前を呼ばれてしまえば。この場を立ち去ることなどできるはずがなかった。観念するように息を吐いてから廣光へと向き直る。腕は解放されたが、光忠は廣光が向ける視線に囚われたままだった。


「帰る必要はない。」

「でも、僕は…君に…」

「別に咎めてる訳じゃないから、そんな顔するな。」

「廣光くん…」

「触りたければ触ればいい。あんたは俺の特別だから許可なんかいらない。」

「え…?」


今何かさらりととんでもないことを言われた気がするのだが。この状況に頭がついて行かなかった。


「好きな相手が触れようとしてくれたんだ。嬉しくない奴なんか居ない。」

「…でもさっき、何やってるんだって、怒って…」

「あれは、その…少し驚いただけだ。」


あまり表情を変えない彼の目が僅かに泳いでいる。


「そっか…うん……って、今…好きな相手って…」

「ああ。」

「え?ちょっと待って、え…廣光くんが、僕を…うそ、僕…待って待って!」

「さっきから大丈夫か、あんた。ちょっと落ち着け。」

「……僕、今ものすごく格好悪いから見ないで。あと、ちょっと整理させて欲しい。」


ようやく彼が放った言葉全部が自分の中で意味を成す。触れていいと言った。好きな相手だと言った。彼が、好きな相手。それが自分に結び付いた瞬間、かっと頬が熱を持った。


「…君、落ち着けって言ったよね?これが落ち着いていられると思うのかい!?」


捲し立てるように言葉にしてから、そんなの無理だよと大きく首を振った。ずっと見ないふりをして隠してきたのだ。この恋は勝てる見込みなどあり得ないと思っていたのだ。それなのに、まさか。彼が気持ちを傾けていてくれたなんて。こんな幸せなことがあっていいのだろうか。


「好きだ、光忠。」


この心などお見通しのように彼は欲しい言葉をくれる。ずるいくらいに格好良かった。


「ずっと好きだったんだ。いつか絶対に言おうと思っていた。」

「うん、」

「勉強だって単なる口実だ。光忠、あんたにもっと近付く為の。」

「僕だってそうだよ。君が好きだから、苦しくても切なくても、この時間をなくしたくなかった。」


あんたもか。優しい笑みを浮かべた顔が不意に近付いて来る。廣光くんと名前を呼ぶよりも早く腕を引かれて愛おしむままに口付けられた。


「…ん、」


唇が離される間際、啄むように上唇を優しく食まれた。甘い痺れにきゅっと目を閉じると、耳の後ろに指が差し込まれ、そのまま髪を撫でられた。腕を引かれてしまい彼の太ももの上に乗り上げるように座っているので恥ずかしいほどに距離が近い。ああどうしよう緊張するとぐるぐる考えていると、廣光がふはっと笑い声を上げた。


「真っ赤になって、可愛いな。」

「廣光くん…!」


くすりと笑われてしまってますます顔が熱くなったけれど。可愛いのは僕じゃなくて君の笑った顔の方じゃないか。ああもう、格好良くて可愛くて優しい彼が好きで堪らない。君が好きだよ。これから何度となく彼に伝えたい言葉だ。彼の首に腕を回して、大好きだよと囁く。応えるように抱き寄せてくる恋人にふわりと微笑みを返して、この想いを込めた口付けを落とした。






END






あとがき
この後恥ずかしくなったみっちゃんは今日はもう教えるの無理!ってなって廣光くんを困らせればいいと思います^^それにしても家庭教師光忠っていいですね!


読んで下さいましてありがとうございました!

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