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その色は
みっちゃんの火傷痕を捏造しています




光忠は俺の前で黒の手袋を一度も外したこ とがない。内番の畑仕事の時も厨に立って いる時もだ。湯浴みの時は俺より後に入っ て全部きっちり着込んでから部屋に戻って 来る。時間遡行軍との戦闘で眼前の敵を薙 ぎ倒し、その全身が血塗れになった時でも 頑ななそれは変わらない。


俺は光忠が手袋を外す姿を見たことがな い。あいつはどんな時でもあの手袋をした ままだ。光忠と過ごす日々が昔のようにま た当たり前になり、それ以上に人の身を得 たことで、あいつを目で追うことが増え た。だから、全く気にならないといえば嘘 だった。あれは誰よりも美しい刀だと思う から、その何もかもを寄せ付けないような 黒い色はそこだけ嫌でも目に付くように なった。


「先に寝ていても良かったのに。僕を待っ ててくれたんだね。」


外の廊下から足音が聞こえ、障子戸を開け て光忠がするりと入って来た。長風呂し ちゃってごめんねと微苦笑を浮かべ、すま なさそうな顔をする。座したままの体勢で 俺は湯浴みを終えた光忠を見上げた。夜着 である白い着流しの袖口から見える黒は べったりと貼り付いて今夜も光忠の側から 離れやしない。


「倶利伽羅?」

「いや、別に…」


目の前の美しい刀に今は不釣り合いに見え るその色を見つめていたことにはたと我に 返り、ふいと視線を逸らした。それでも俺 の視線の先に何があったのか。俺が何を見 ていたのか。俺の視線の意図を正確に汲み 取ったらしい光忠が手袋に包まれた自分の 両手をじっと見つめた。


「これだろ?」

「…光忠。」


俺の隣に腰を下ろした光忠が眉尻を下げて ふっと笑む。俺を柔らかく見つめる、その 蜂蜜が溶けた色の瞳がゆらりと揺れた。続 いて、まぁ分かってたことなんだけど、と 前置きのように言葉が紡がれた。


「……君に隠し事はできないみたいだね。 」


ずっと気になってんだよね。穏やかな、そ れでいて確信を持った声色で問われれば、 はぐらかすことはできそうになかった。何 よりも光忠に嘘は吐きたくなかった。だか ら俺は黙って首を縦に振った。


「倶利伽羅、君は僕が水戸の地で罹災し て、本体が焼けてしまったことは知ってる よね。」


不意に投げ掛けられた言の葉。それは遠い 昔にあった別離を思い出させた。ずっと一 緒に居るものだと思っていたのに、伊達の 家を離れることになった光忠。刀に宿った 意識でしかなかったその時の俺には何の力 もなく、儚く笑って自分の運命を受け入れ る光忠を引き留める術など持ち合わせてい なかった。俺も光忠もお互いのどうにもで きないもどかしさを痛いくらいに理解して いて、だからこいつは綺麗に笑って言った のだ。きっとまた会えるよ、大丈夫だと。 あの時の俺は光忠との約束にただ頷くこと しかできなかった。忘れられない、忘れた くない苦く切ない記憶だ。こうして再び相 見えていることは本当は奇跡に近いんじゃ ないかと思う。光忠の隣に居る、今のこの ささやかな幸福を噛み締められることが。


「ああ、知っている。ここに来たばかりの 頃に色々と聞かされた。」

「それなら話は早いね。」


甘く切ない気持ちから引き離すような淡々 とした声が俺の耳に届く。それはどういう ことだと訊き返すより早く、光忠の 両手が露わになった。


「多分その影響みたいでさ、顕現した身体 にもね。」


水戸家の蔵の中、炎から逃れることは鋼の 身でしかない光忠には不可能なことだっ た。


「だって、こんなのさ、誰かに見せても気 持ちのいいものじゃないだろう?」


軽い調子の、普段通りに聞こえるようでい て、どこか、ほんの少しだけ投げやりな 声。


「だからずっと手袋で隠していたんだよ。 」


手の甲から指先にかけて連なる皮膚の爛れ た痕。全体的に黒くくすんで、それでいて 所々金色に光って見えた。それは今の主で ある審神者が見せてくれた写真にあった、 大きな震災で焼けてしまったという一振り の刀と同じだった。


「でも、君に見せるのが嫌だったって訳 じゃないんだ。そうじゃなくて、うん、君 に、もしも…同情されたりなんかしたら、 僕は……」

「俺はそんなことはしない。」


何を言っているのだろうか。何でも器用に こなすくせにこいつは時々とんでもなく馬 鹿なことを言う。


「絶対にしない。」

「分かってるよ、そんなこと。分かって る……これは、勝手な、僕の…気持ちの問 題だから。」

「光忠。」

「……」


名前を呼んだが光忠はぐっと口を噤んでしまい、 小さく肩を震わせるだけだった。端正な顔 がくしゃりと歪む。雫が零れ落ちた訳でも ないのに、この誰よりも綺麗な刀が静かに 泣いているように見えた。


「そんな顔しないでくれ。」


光忠には笑っていて欲しい。泣き顔など似 合わない。俺がそんな顔は二度とさせな い。


「この痕も、光忠、あんたを作ってきたも のだ。だから、俺にとってこれは特別だ。 俺の前で隠したりしなくていい。」

「倶利伽羅…」


何だかな、君の前じゃ全然格好がつかないや。ははと力なく笑う光忠は、けれども先ほどよりも幾分か落ち着いた表情を見せてくれた。


「格好なんかつけなくていい。ありのまま のあんたでいいんだ。」

「……もう、何で君はそんなに格好良いの かな。」


蜂蜜を溶かした瞳が潤み、目尻に朱が差し ていく。本当に綺麗で、どうしようもなく 可愛い刀だ。俺は光忠の両手を掬い上げる ようにしてそっと包み込むと、右手の火傷 の痕に舌を這わせて軽く歯を立ててみた。


「や、」


くすぐったいと上擦った声を出した光忠の 肩が跳ねる。


「当たり前だ。そういう風にしてる。」

「っ…倶利伽羅…」

「綺麗だから、ついかじってみたくなっ た。」

「…っ、」


あわあわと動揺して可愛い反応を見せてく れるものだから自然と口角が上がるのを止 められなかった。火傷痕に覆われた左手も 同じように指先を甘噛みした。されるがま まの光忠の手は小さく震えていたが、瞳は さらに淡い色に蕩け、俺を拒絶することは なかった。


「光忠。」

「うん。」

「大丈夫だ。」

「…っ、うん。」


俺より少しばかり幅広い背中に腕を回し て、手のひらをゆっくり上下させた。愛し さを込めて光忠の背を撫でる。ほうと安心 したような吐息が俺の耳元で響いた。


「君に話して良かった。」


そう言って俺の肩口に顔を埋めた光忠が嬉 しそうに笑った気配がした。






それから2人で光忠が雑務中に見聞きした本丸内での面白おかしい出来事を話し、顔を寄せ合って小さく笑った。そして俺は手袋を外したままの光忠と手をつないで寝た。灯りを消して眠りに落ちる寸前、明日からこうやっ て寝ると言った俺を見返した光忠の照れた 顔はそれはもう可愛らしいものだった。


「普段は手袋をしてていいが、ここで寝る 時は外せ。」

「でも、」

「これからもずっと、一日が終わるその時 に、ちゃんとあんたを感じたいんだ。」

「く、倶利伽羅…!」

「俺は夜目が利くからな。今のあんたの可 愛い顔がよく見える。」


俺の手からばっと逃れた右手がそのまま掛 け布団を引っ掴んだと思ったら、光忠は勢 い良く布団を被ってしまった。布団はいつ もの習慣であまり隙間を空けずにくっつけ 合っているから、俺から逃れようとしても たかが知れている。


「光忠。」


そこから少しだけ覗く夜の色をした髪をあ やすように撫でてやれば、何度も言うけど 君が格好良すぎて困ると布団の中からよく 分からないことを言われてしまった。


「何だか分からんが、まぁ分かった。」

「……」

「聞こえてるよな、光忠。明日も早いから もう寝ろ。おやすみ。」


少し遅れて小さな声でおやすみなさいと 返って来た。返事を受け止めて俺も自分の 布団に戻ろうとしたら、くいっと夜着の背 中を引っ張られた。


「光忠?」


おずおずと伸ばされた手が月明かりの中、 はっきりと見えた。俺を求めてくれる光忠 の指先が。


「だって、つないでくれるんだろう?」


見上げる片方の蜂蜜色の瞳が甘く甘く溶け ていた。壊れ物に触れるように優しく、愛 おしむように握り締める。光忠が目を細め て満足したように頷いた。


「倶利伽羅、ありがとう。」

「別に礼には及ばない。俺がそうしたいだ けだからな。」


ああ、明日起きたら手袋で隠されてしまう その前に、綺麗なこの手にもう一度だけ口 付けを贈ろう。






END






あとがき
ぷらいべったーに上げたお話の転載です。
内番の時でもしてるんだからきっと何か理 由があるんだよねそうだよねと妄想させて くれるみっちゃんの黒の手袋のお話でし た。何番煎じですが、みっちゃんの火傷痕 捏造は書いてみたかったので、短いですが 書けて満足です^^


読んで下さいましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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