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世界は幸せに満ちている
大倶利伽羅くん大好きなみっちゃんのお話です




本丸の中庭の物干し場で綺麗に洗い終えたばかりの洗濯物を干していたら、燭台切さん、と声を掛けられた。声の主は柔らかな朝陽が降り注ぐ中、ふわふわの髪を揺らして駆け寄ってくる。五虎退だった。


「おはよう、五虎退くん。早起きだね。」

「おはようございます。あの、僕も燭台切さんのお手伝いさせて下さい。」

「それは助かるよ、毎回ありがとう。」

「いえ、朝から身体を動かすのはいいことですから。」


この本丸に住まう刀剣男士の中でも比較的大人しい部類に入る彼はこうして時々内番以外の雑務を手伝ってくれる。練度が高くなり出陣の機会が少ない光忠が何かできればと自分から進んで好きでやっている仕事の内の1つなのだが、彼も誰かの手伝いをするのが好きらしい。小さな身体で大きな洗濯籠を受け取ると、光忠の隣で洗い立ての手拭いを干し始めた。本丸内で見聞きした、他愛のない話に興じながら2人並んでてきぱきと洗濯籠の中身を減らしていく。蛍丸の黒い靴下を干しながら、光忠はふと五虎退の足下に視線を向けた。そこにはいつも彼と行動を供にする仔虎達がじゃれ合う姿がある。本丸ではすっかり見慣れた、微笑ましい光景だった。だが小さな違和感を感じて光忠は首を傾げた。


「あれ?」


ぴんと立った耳をあむあむと甘噛みしたり尻尾を仲良く絡ませ合ってじゃれつく仔虎の群れにもう一度視線をやった光忠は、そこで小さな違和感の正体に気が付いた。


「うん、やっぱり、仔虎くん2頭足りないよね?」


名前の通りにいつも5頭揃ってこの短刀の子の後ろをついて歩いているのを見掛けるのだが、五虎退の足下には今は3頭がごろんと寝転がっているだけだ。


「大倶利伽羅さんのところです。」

「え?大倶利伽羅!?」


不意打ちのように飛び出た名前に光忠は目を見開いた。かの龍の子と恋仲であることは特に自分達からは公言してはいないので、ほとんどの刀達には気付かれてはいない。だから別に他意はないというのに、こんな風に彼の名前が出るとついつい反応してしまうのだ。それはつまりいつもそれだけ彼のことを考えて想っている証でもあるのだけれど。


「はい、そうです。」


今朝偶然廊下で出会ったら2頭が大倶利伽羅に甘えて離れなくなってしまったそうだ。その2頭は以前から彼の膝の上を気に入っているらしい。さらに、じゃれつく仔虎をどうにかしろと特に文句も言われなかったので、そのまま大倶利伽羅に預けてきたのだと教えてくれた。


「大倶利伽羅さんは優しいですから、きっと居心地がいいんだと思います。」


五虎退が光に透けるような柔らかな笑顔を浮かべた。ああ、それは僕も知ってるよ。あの子は優しい。あの子の傍らは温かい。光忠は心の中だけで頷いた。


「あまり他の人達と話さなくて、時々誤解されることもあるみたいですけど、」

「動物好きに悪い人は居ない、だろう?」


五虎退の言葉を引き継ぐように告げれば彼は大きく首を縦に振って、優しい人ですと肯定を表した。


「そういえば、倶利伽羅が縁側で仔虎くん達に構っている時、すごく優しい手つきでお腹を撫でてあげてるの見たことがあったな。」


倶利ちゃんは優しいねぇと思うままに伝えたら、そんなことはないとぶっきらぼうに返されたのだ。あれはきっと照れ隠しだったのだろう。不器用な優しさが誰より愛おしい彼なのだ。


「五虎退くんが倶利伽羅のことを理解してくれていて嬉しいな。」

「……」


五虎退が急に黙り込んで何か言いたそうに光忠を見上げた。じっと見つめてくる大きな瞳。光忠は洗濯物を干す手を止めて彼の目の高さまで屈み込むと、朝の光に輝くふわふわの髪を撫でて、どうしたんだいと問い掛けた。


「……あの、大倶利伽羅さんのことを話す時の燭台切さん、すごく嬉しそうだなと思って。」

「……僕、そんなに…顔に出てたのかな。」


思わず口を突いて出た独り言に苦笑を禁じ得ない。自分自身にそのような自覚は少しもないのだが、無意識に表情が緩んでいたのだろうか。あぁ、恥ずかしい格好悪いと思う反面、彼のことを想えばそうなってしまっても仕方がない気がした。


「嬉しそう…ううん、幸せそうです。燭台切さんは大倶利伽羅さんが大好きなんですね。」

「…っ、うん、そうだね。僕は彼を大切に想っているよ。昔から特別なんだ。」


大倶利伽羅を優しいと言ってくれた彼の前でこの気持ちを誤魔化すようなことはしたくないと思った。同じ時間を過ごした訳ではないが前の主の家と関係の深い鶴丸や同郷の鶯丸に関係が露見してしまった時もきちんと告げたのだ。


「そうなんですね。僕はこの本丸の皆さんには笑っていて欲しいと思うから。だから燭台切さんが嬉しそうだと僕も嬉しいんです。」

「君はいい子だね。ありがとう、五虎退くん。」


同じ目の高さのままで、ふふっと小さく笑い合う。君の心根の良さはお兄さんも自慢だねと続ければ、五虎退はくすぐったそうに目を細めた。温かくて、甘く痺れたような心地の良さを感じながら残りの洗濯物を全て干し終え、手伝ってくれた五虎退と本丸の廊下で別れた。可愛らしい背中を見送って1人になった途端、湧き上がる想いがあった。


「……大倶利伽羅。」


無性に彼に会いたくなった。愛おしい一振りの名前を音に乗せたら、もうそれだけしか考えられなくなった。人の身を得て、自分達にも鋼ではない血の通った心臓と感情に揺れる心が宿っているのだと審神者に言われた時、ならばこの心には彼だけが棲まうのだと思った。奥州の地ではほんの数年しか共に過ごすことができなかった。無情にも離ればなれになって随分と長い時が過ぎて。けれども不可思議な運命に導かれるようにまた彼と再会することができたのだ。だからもう光忠の心は彼を想う為にある。そう思えるくらい、あの龍の子がかけがえのない存在だった。


非番の大倶利伽羅を見つけようと思うと広い本丸内ではあるが、それほど難しいことではなかった。厨や畑、大浴場や書庫などを回って忙しく立ち働いている光忠とは違い、大抵彼は本丸の奥まった廊下の縁側に腰を下ろしているか、自室で静かに過ごしていることが多いのだ。時々鶴丸に道場まで引っ張られて手合わせをすることもあるようだが、基本的には1人の時間を好んでいた。


五虎退の話では内番があるので、それが終わるまで仔虎を預かってもらえるように大倶利伽羅にお願いしたという。馴れ合いを好まないという彼のことだ、仔虎にじゃれつかれている姿を極力他の刀に見られたくはないだろう。それならば。これから光忠が向かう場所ははっきりと決まっていた。


「倶利伽羅、失礼…」


するよ、と続けようとして目の前に広がる光景に自然と柔らかな笑みが口元に浮かんだ。珍しく障子戸が左右に開け放たれており、明るい陽の光が部屋の中を静かに照らしている。彼らを起こしてしまわないそっと足を踏み入れて、光忠は畳の上に座り込んだ。


「可愛いなぁ。大きな猫が仔虎とお昼寝だ。」


ふわりと漂う春の陽気が大倶利伽羅と2頭の仔虎を優しく包み込んでいる。片腕を枕にして横になって眠る大倶利伽羅の両脇では仔虎達が丸まってすやすやと寝息を立てている。呼吸に合わせて彼らの肩が小さく上下しているのが可愛らしい。静かで穏やかな時間。光忠は少しだけ息を詰めて大倶利伽羅の顔を覗き込んだ。


「……倶利伽羅。」


彼のことをとても好ましく思う。人の身体を得たといっても刀の付喪神である自分がそんな風に思うのは本当はおかしいのかもしれない。けれども遠い昔に芽生えた想いは本物なのだ。ずっと変わることのない大切なもの。


「綺麗だな。」


真っすぐにすっと通った鼻筋。形の良い細い眉。今は瞼の裏に隠れてしまっている深い金色の瞳。茶色がかった柔らかな髪。鮮やかな緋色の毛先。左腕に巻き付く不動明王の化身。褐色の健やかな肌。彼を形作る何もかもが。その魂までもが。


「あんたの方が綺麗だ。」


突然強い力でぐいと腕を引っ張られた。前のめりになった身体が彼へと引き寄せられる。一瞬何が起こったのか分からなくて光忠はひとつきりの瞳を大きく見開いた。自分よりも濃い色の金眼と視線が絡む。お互いの睫毛が触れ合いそうなほどの距離。射抜くように見上げてくる瞳に喉の奥が震えた。それから掴まれた部分がじわりと熱を持って。


「倶利…伽羅、君…起きて…」

「ああ、起きていた。」


大倶利伽羅は上半身を起こして胡座をかくと、腕の中に引き寄せていた光忠の身体をゆるりと解放した。


「あのね、狸寝入りなんて酷いじゃないか。」

「あんたの前で寝たふりをしたら悪いなんて決まりはないからな。」


龍の子がしれっと言う。あんたの驚いたいい顔が見られたと満足そうに目を細めるから本当にずるい刀だ。恋仲になったというのにいつも自分ばかりが動揺して彼に振り回されてしまっている気がする。


「それは、確かにそうだけど…」


結局何も言い返せずにいると話し声に起こされたのか、片方の仔虎がぱちりと目を覚ました。


「悪い、起こしてしまったな。」


白い毛並みに覆われた虎の子の腹を撫でる大倶利伽羅の横顔をつい見つめてしまった。とても綺麗で、優しい顔をしていた。


「何だ?あんたも撫でて欲しいのか?」

「……っ、」


馬鹿、何言ってるんだいと捲し立てるように慌てて言い返せば、そういう顔をしているように見えたんでねと穏やかに笑われた。


「光忠。」


細く長い指が頬を撫でる。光忠、と彼に名前を呼ばれるだけで、ただそれだけでどうしようもなく嬉しかった。あぁ、幸せだ。そう思った。本丸の中庭での五虎退との会話を思い出す。過酷な戦いに身を置いているけれど、こんな何気ない、それでいて酷く穏やかな時間を彼と過ごすことができるこの瞬間が。彼と今を生きることができる奇跡のような巡り逢わせが。ただただ幸せで溢れていた。彼の右手に己の右手を重ねる。淡く微笑み返して頬を擦り寄せた。


「倶利伽羅、君が僕の隣に居てくれるだけで、世界は幸せに溢れて見える。きらきら輝いて見えるんだ。」


僕の世界は君が居るから幸せに満ちている。幸せだよと彼に伝えた。それは何て素晴らしいのだろう。何て素敵なのだろう。


「大袈裟だな。」

「本当のことだよ。」

「そうか。」


そうだよと続ける為の言葉は甘い口付けと共に飲み込まれて。大倶利伽羅の目元が嬉しそうに緩んでいた。あぁ、今日も世界は幸せに満ちている。優しい彼の温もりをただひたすらに感じながら光忠は目を閉じた。







END






あとがき
お互いを隣に感じられる幸せを噛み締めている可愛いくりみつが書けて満足です。お読み頂きありがとうございました!

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