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君に恋する日々 7(完結)
*君と恋する日々*




審神者の力によって過去へと時代を遡り、この手で倒さねばならない敵と対峙する時、いつも心に巡らせることがいくつかあった。自分は長船派の祖、光忠が一振りであるということ。かつての主、伊達政宗公から燭台切の号を与えられ、唯一の名前を得たのだということ。水戸の地で焼けてしまった自分にも今なお戦いの場においての存在価値があるのだということ。そして、敵を斬り伏せ、誰ひとり欠けることなく自分達が帰る場所、本丸へと無事に戻るのだということを。


光忠の今回の出陣は珍しく大倶利伽羅と同じ第一部隊であった。彼と共に戦えることが嬉しくて、その日は出陣前から既に気分は高揚していたように思う。武具を身に着ける指先がかすかに震えていたのは決して恐怖からではない。これは背中を預けて戦い合える喜びだ。彼と共に戦場で振るわれていた遠い日の記憶は今でも鮮明に覚えている。あの頃の光忠は主に新しい名前を貰ったばかりだった。だから、ゆるぎない自分というものを持っていて戦場で舞うように刀身をきらめかせていた彼が酷く眩しく見えた。彼はまさに倶利伽羅龍の名に相応しい刀だと。きっとあの頃から自分は彼に魅せられてしまったのだ。奥州の地で刀の付喪神としてお互いを認識するようになり、気安く言葉を交わす仲になった。けれどそれから時間を置かずに身を切られるようなつらい別れを経験した。そうして最後には炎に焼かれた刀身と共に孤独を抱えて静かに眠りに就くはずだった。それが何の運命なのか。人の身体を得て彼の温もりを知ってしまえば附随するように想いはさらに深くなり、愛おしいという気持ちは新たに生まれた心の喜びとして光忠の中で膨らみ続けた。


「今日は一緒に出陣だからよろしくね。」

「ああ。」


大倶利伽羅は光忠よりも遅れて顕現している為に錬度はまだ低い。だからこの出陣では自分は彼の支援に回り、戦では構うなと言われようが、力になって支えてあげたいと考えていた。真面目なへし切長谷部を部隊長に太刀や打刀、短刀で編成された第一部隊は敵の本陣へ向けて危なげなく進んで行った。大倶利伽羅は光忠と同じように大きな傷を負うこともなく冷静に異形の刀を屠っていた。本陣にて光忠達を出迎えた最後の敵軍に対して決して油断していたという訳ではないだろう、けれど背後から突如として現れた敵の高速の槍に彼の反応が僅かながらに遅れたのが目に入った時、光忠は駆け出していた。


「倶利伽羅…!」


咄嗟に身体が動いていた。全速力で駆けて夢中で彼の前に飛び出した。


「光、忠…!」


振り返れば彼は初めて見るような表情をしていた。大丈夫、僕は平気だから心配しないで。早く声を掛けてあげなければ。そう思うのに脇腹の辺りから耐え難い灼熱の痛みが襲う。激痛で頭の中がぐわんと揺れて言葉を吐き出そうにも唇がわなわなと情けなく震えただけだった。仲間達が駆け寄って来る足音が酷く遠くに聞こえる。格好悪いと思ったが足が言うことを聞かず、光忠は倒れるようにその場に蹲った。意識が朦朧としてもうこれ以上立っていることなどできそうになかった。






桜がはらはらと舞い散る中、光忠はその場所に立っていた。ここはどこだろう。目の前に広がる空はどこまでも青く、緑が穏やかにさざめいている。ふわりと吹いた風が髪を揺らした。何だか酷く懐かしい場所だった。ゆっくり足を進めてみる。先ほどまで舞っていた薄桃色はいつの間にか燃える緋色に変わっており、少し冷たい風が頬を撫でた。


「はじめまして、僕は燭台切光忠。今日からよろしくね、大倶利伽羅。」


縁側に腰掛けた自分が隣に座る彼ににこやかに声を掛けている。紅い葉がはらはらと舞い落ちる。ああそうか、ここは2人の始まりの場所だ。


「戦場での君は本当に格好良いね。羨ましいくらいに。僕も君みたいに在れたらなぁ。」


戦いの場でその白刃がきらりと光って舞う度に赤い華が咲いて散る。あまり出陣の機会に恵まれなかった自分は城内の人々の口に上る彼の姿を想像しては、ただひたすらに美しいのだろうと思った。


「これからも君とね、こんな風に話していたいな。」


付喪神は人に気付かれる存在ではなく、城の中を自由に動き回ることができたので刀掛けに置かれた本体から離れては彼の姿を追い掛けた。そんな自分にきっと根負けしてくれたのだろう。ある日、遂に彼を捕まえた。勝手にしろと答えた彼の声は言葉とは裏腹にどこか優しい響きを伴っており。だから耳元で響いたそれが忘れられなかった。


「あんたは変わっているな。おしゃべりな刀なんて見たことがない。だがまぁ…あんたと話すのはそう悪くはないと思う。」


嬉しかった。幸せだった。彼は自分の特別になった。これからも隣で笑っていたい。そして戦場で敵を斬る刀として共に在りたい。それはこれからも変わらずに続いていくと思っていた。


「僕は君を置いて行く。ごめんね。こればかりはどうにもならなかった。だけど、きっといつかまた僕と君は巡り逢えるから。だから、どうか ――」


青葉の城で交わした、儚い祈りのような、願いのような、2人の約束。


「僕はまた君に会いたい。一目でいいから。」


この身が炎に包まれてもずっと願い続けた。随分と久しぶりに名前を呼ばれて人の身体を得るあの日が来るまで、たゆたいながらずっと祈り続けた。


『倶利伽羅、ありがとう。僕とまた巡り逢ってくれて。』

『光忠、俺もあんたに会えて良かった。』


伊達の家で大切にされた彼は春の三番が刀の番号として割り振られていた。穏やかな瞳を湛えていた彼がここに顕現したのもその時季だったから、まさに春の申し子のようだった。柔らかな陽の光が降り注ぐ中、本丸の縁側で丸まって微睡む姿にいつも愛おしさを感じずにはいられなかった。彼とは一緒に畑当番をした。暑い季節にはお揃いの麦わら帽子を被って汗を流しながら。夜の月を眺めて酒も味わった。月明かりに照らされた綺麗な横顔は今も目に焼き付いている。蛍の光があんなに美しいものなのだとこの目に見せて教えてくれたのも彼だった。主命で一緒に万屋に出掛けて2人だけの楽しい時間を過ごした。我慢ができなかったからと真夜中の厨で突然口付けられ、彼の温もりにこれでもかというくらいに動揺させられたりもした。彼と笑い合って、時々喧嘩もして、また笑い合って。彼との思い出がこの手の中できらきらした宝石になって輝いて。彼が名前を呼んでくれる度に全身に甘い痺れが広がって。彼がそっと触れる度にその温もりを忘れまいとこの心は躍起になって。そうして彼との時間が再び動き出していく。彼への想いが降り積もっていく。彼が好きだというこの大切な。


「……ただ。」


遠くで誰かの呼ぶ声がする。自分はその声がする方に行かなければならない。戻らなければならない。強くそう思った。途切れて聞こえるその声に促されるように桜が舞う中を一歩踏み出した。


「……みつただ。」


あぁ、この声は。意識が水底から引き上げられて浮上するような感覚。光忠は震える瞼をそっと開いた。


「光忠。」

「くり、から…」


眉を寄せた大倶利伽羅の顔が間近にあった。光忠はゆるりとひとつ瞬きをした。


「僕は…」

「ここは手入れ部屋だ。」


静かに紡がれた声で自分の状況を理解した。手入れ用の白い着物を着せられ、自分は本丸の奥にある負傷者専用の部屋に寝かされていた。傍らには大倶利伽羅が座っており、光忠にじっと視線を注いでいる。


「そっか…そうだったね、僕…」


彼の口から傷は痛むかとぽつり言葉が零れ落ちる。着物の上から脇腹に触れてみたが、ほとんど痛みは感じられなかった。きっともう傷は塞がっているのだろう。


「どうしてあんな…」


掠れた声が光忠の耳に届いた。見上げれば捨てられた仔犬のような瞳があった。金色のそれが苦しそうに揺れて見える。


「ああ、君を庇ったこと…?」


大倶利伽羅はじっと光忠を見つめたままであったが、その唇は問いに答えることなく引き結ばれてしまった。


「気にしないでよ、僕がそうしたくて勝手にしたことなんだから。」


大倶利伽羅の顔がくしゃっと歪む。心臓の辺りがきゅっと痛んだ。何かに耐えるように眉を寄せる彼を見ているのは酷く苦しかった。あぁ、違うんだ。僕は君にそんな顔をさせたくなんかないんだ。君と毎日笑っていられれば、それだけで泣きそうになるくらい幸せなんだ。ただそれだけを伝えたかった。


「倶利伽羅…」


布団の中からゆっくりと身を起こしてそろりと手を伸ばす。気付いた彼がこの手をぎゅっと強く握り返してくれた。離しはしないというように。だから、言わなければならない。ずっと胸の奥にしまい込んでいた大切な気持ちを今こそ彼に。


「僕は、ずっと君が好きだった。」

「……光、忠…」


月と同じ綺麗な色の瞳が大きく見開かれていく。光忠はもう片方の手を伸ばし、右手を握り締めてくれている大倶利伽羅の手を上から包むように撫でた。


「だから厨で口付けられた時、本当はすごく嬉しかったんだ。」


大倶利伽羅がひゅっと喉を鳴らす。柔らかな猫っ毛から覗く耳がうっすらと赤く色付いていた。


「光忠。」

「うん。」

「覚えているか。前に弱点の話をしたことがあるのを。」


自分達の弱点。それは縁側で月を見ながら涼み酒をした夜に交わした他愛のない話だ。酒が弱点だと指摘された光忠が彼に弱点を問うてみたが、上手くはぐらかされて教えてはもらえなかったのだ。どうして今そんな話をするのだろう、自分の告白と何か関係があるのだろうかと思いながらも、勿論覚えているよとこくりと頷いてみせた。


「俺は、あんたの泣きそうな顔に弱いんだ。笑顔にも弱い。俺の弱点は光忠だ。」


どこか困ったように笑う彼から目が離せなかった。だってそうだろう。弱点は光忠だ、なんて。それは、つまり。彼は。


「俺はまだここに来て日も浅い。あんたに守られてばかりで、まだ力が及ばないことも承知している。だが今度は俺が、あんたを、光忠を守る。」

「倶利伽羅…」

「光忠、好きだ。」

「……っ、」


うわーっと大声で叫んで両手で顔を覆わなければ、嬉しさのあまりにそのままどうにかなってしまいそうだった。


「光忠!?」


どうしたんだ、やっぱりまだ傷が痛むんじゃないのかと焦った声がする。突然大声を出した訳だから普段冷静な大倶利伽羅が慌てるのも無理はない。何しろ弱点は光忠だと言っていたのだから。


「だって、こんなに嬉しくて幸せなことなんてないじゃないか。」


嬉しすぎて叫びたくもなる。嬉しいのに照れくさい。それを隠す為に両手を顔に当てているので、くぐもった変な声になってしまった。


「隠すな。光忠、顔を見せてくれ。」

「…それは、」


真っ赤に染まった顔を見せるのは酷く格好悪いことなのに。彼の言葉は誰よりも優先したいと思ってしまう。好きなのだから当然のことで、絶対に抗えるはずがなかった。乞われるままにゆっくりと指を外すと優しく微笑む大倶利伽羅が腕を広げて光忠を待っていた。


「光忠。」

「倶利伽羅。」


愛おしい彼の胸に自分から身体を寄せる。触れ合った場所から自分と彼の温もりがひとつになってそのまま溶け合ってしまうのではないか。そんな風に思えてならなかった。光忠の中から幸せが溢れていく。多幸感に息が詰まりそうだった。


「ずっと大好きだよ。」

「ああ、俺もずっと愛している。」


指と指を絡めて額をこつんと合わせて微笑んで。それからどちらからともなくその幸せを分かち合うように口付け合った。






刀剣男士達が集まり修練場として使われている道場内に竹刀を打ち付け合う小気味良い音が響いている。出入り口の戸に身体を預けるように立っている光忠の視線の先では、大倶利伽羅と長谷部が手合わせをしている。お互いに一切手加減なしの真剣な打ち合いだった。


「よう、光忠。」

「鶴丸さん。」

「こっちから竹刀のいい音が聞こえてきたからな。ちょっと顔出してみたぜ。」


白い着物を飾る鎖をしゃらりしゃらりと鳴らしながら鶴丸が光忠の傍らに立つ。顎に手を当ててふむふむと大倶利伽羅を見た。


「倶利坊の奴、えらく頑張ってるみたいだなぁ。」


『俺はまだここに来て日も浅い。あんたに守られてばかりで、まだ力が及ばないことも承知している。だが今度は俺が、あんたを、光忠を守る。』


「愛の力ってやつだな。」


俺もまぁ色々気に掛けてやった甲斐があったな。良かった良かった。したり顔で鶴丸がこのこのと肘で脇腹をつついてくる。この恋を応援してくれていた彼には数日前にきちんと報告をした。だから冗談を交えつつも自分のことのように喜んでくれる姿が嬉しかった。


「そう、だね。うん、愛の力…かも…」

「光忠、お前さんますます可愛くなったなぁ!」

「…っ、あのね、別に僕は可愛くなんかないよ。格好良いって言ってもらえる方が嬉しいけどな。」

「残念だが恋する君は可愛いぞ。そりゃああいつも夢中になって当然だな。」

「もう、鶴丸さんったら!」


2人でわいわい騒いでいるといつの間にか竹刀のぶつかり合う音は消えていた。軽く呼吸を整えながら大倶利伽羅がこちらに向かって来る。


「光忠。」

「お疲れ様。」


頷いた大倶利伽羅が手の甲で軽く汗を拭う姿が光忠の瞳に映る。今日も悔しいくらいに格好良い。見惚れてしまった。


「休憩して一緒におやつ食べようか。頑張ったご褒美にね。」


ああと答える彼の声は普段通りの調子だが、目元に優しさが滲んでいた。嬉しくなった光忠の目元も緩む。こういう、小さな幸せを感じる瞬間がたくさん積み重なって大きな愛になるのだろうか。


「光忠、行くぞ。」

「うん。」


鶴丸はこれから長谷部に一戦申し込むらしい。儚く華奢な外見を裏切るように彼は好戦的な刀だ。俺も少しは休ませろと不機嫌になる長谷部の首に腕を回して鶴丸は実に楽しそうだった。長谷部くん頑張ってね、鶴丸さんはお手柔らかにね、とひらひら手を振ってから大倶利伽羅と共に道場を出た。


「光忠。」


大倶利伽羅が思い出したように光忠の名前を呼ぶ。何だいと首を傾げると、今度の非番に一緒に紅葉を見に出掛けようと耳打ちされた。


「あんたが言ってた、でーとというやつだな。」

「倶利伽羅…!」


彼が目を細めてふっと笑う。それはもう幸せそうに笑うから、光忠も同じように笑い返した。


―― 僕は今日も君に恋をする。明日も明後日も。これからもずっとずっと。僕は君と恋をする。大好きな君と未来を歩いて行く為に。






END






あとがき
n番煎じなのですが基本的に平和なほのぼの本丸の幸せくりみつが書きたかったので、自分なりに形にできて楽しかったです^^


ここまでお付き合い下さいましてありがとうございました!


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