(Stand by me)
「名前、」
ぽつり、名前を呼ぶ。
独り言のように呟いた声は天井に吸い込まれて消える。
くだらねぇことに苛ついて喧嘩して、何に苛ついてたのかも忘れて、その辺の物に当たったりして。今夜はそんな馬鹿みてぇな夜だった。
まるで子供だと、自分でも思う。
人より出来が良いのは十分すぎるほどに分かってるが、どうやら怒りを感じることも発達しすぎてるらしい。
むしゃくしゃして、こんな苛つきは喧嘩じゃ発散できねぇことぐらい分かってて。
でもどうしようもねぇから、やっぱり喧嘩に走るしかなくて。
あ゛ー……情けねぇなぁ、俺
柄にもなくへこんだりして。
苛々した後にへこむとか、情緒不安定かよ。おいおい、俺まじでカスじゃねぇか。カスばっかに囲まれてっからカスが移っちまったか?
あ゛ー……会いてぇな。
声聞くだけでもいい。
こんなガキみてぇな俺を叱って、そんで馬鹿だなって、笑ってくれ。
そうしたら俺も、うるせえって笑って、それから悪いって言えるから。
「……クソッ」
腕で目を覆う。
このまま眠って、朝になったらきっとウゼーこと全部忘れられる。
早く早く、こんな日の夜は嫌いだから、眠りに落ちてしまいたい。
♪〜♪〜
足元で携帯が鳴る。
そういや、さっき苛々に任せてベッドに投げつけたままだった。
面倒だけど、ほんの少し期待して携帯を開く。
「……ようカス」
「よっ阿含!元気?
……じゃなさそうだね」
電話の相手は名前だった。
声を聞いて少し、落ち着くのを感じる。
名前はいつも俺の変化に敏感だ。こうやって、ほんの一言、二言で気づく。
「まぁな、ちょっと」
「またイライラして喧嘩でもしたん?ダメだよー名前さん怒るよ!」
「あ゛ーうるせぇ」
「喧嘩ばっかりしてたら、捕まる!逮捕される!」
「そんなヘマしねーっつーの」
「通報する、わたしが」
「それは困るな」
「だろ?わたしも困るからな?」
「なんでだよ」
「分からん、なんで困るんだろ」
「お前馬鹿じゃねぇの?」
「阿含と比べるとな、そりゃあ……ちょっとはな?」
「ちょっとで済まねぇだろ、カス」
「そうかー
ちょっと元気でたっぽいな!」
「あ゛ー名前みてぇなカスと喋ってると頭からっぽになるからな」
「生意気な!」
あぁ。
こんなくだらねぇ会話に救われる。
いや、相手が名前だからか。
からっぽになるのは頭じゃなくて心。さっきまでの苛々だとかが全部、消えていた。
「……名前」
「んー?」
「今、外出れるか?」
「出れるけど、どしたん?」
「今からお前の家行くから、待っとけ」
返事を待たずに電話を切る。
やっぱり声だけじゃ足りねぇ。
今、無性に会いたい。
携帯だけを手に持って、走り出した。
名前の家に着くと、名前は家の前で座って待っていた。
あぁ、クソ。
胸がぎゅっと、締め付けられるような気がした。
「阿含、どうし……」
どうしたの、と続くはずだった言葉を飲み込むようにキスをして。
細い体を抱き締めた。
「名前」
「ん、」
「……お前がいねぇと駄目だわ」
囁くぐらいに小さな声だったけど、しっかり聞こえたんだろう。
背中に回された名前の腕に力が込められたのが、返事のように思えた。
苛々したってむしゃくしゃしたって、へこんだって、どんな時だって。
名前がいる、それだけで。
俺は俺でいられるんだ。
だからどうか、俺の側にいてくれ。
そうやっていつも、笑っててくれ。
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