君がいれば
100年に一度の天才、だとか。
神に愛された男、だとか。
くだらねぇ。
***
「なぁ、あれ神龍寺の……」
「金剛阿含、だよな」
午前の授業を終える前に学校から抜け出した。別に体調が悪いとかじゃなく、ただ、なんとなく。メールを作成しながら電車に乗り込む。返事がどうだろうが関係ない。座席に腰を下ろし送信ボタンを押す。
先ほどからかすかに聞こえてくる、神龍寺の、だとか、金剛兄弟の、だとかいう話し声。今日だけで何回聞いたことやら。とてもじゃないがアメフトをやっているようには見えない奴も噂をしていた。少しでもアメフトに興味があれば、関東じゃ神龍寺を知らないほうがおかしいだろうからそれも不思議ではないが。まぁ、この髪型にこの道着だから分かりやすいっていうのもあるか。あー、一旦着替えてから出かけりゃよかった。
なんて考えていると、また聞こえてくる。
「神速のインパルスだっけか」
「天才なんだよな」
神に愛された、天賦の才。
何度も何度も、それこそ耳にタコができるくらいに聞かされてきた。凡人どもは俺の才能に憧れ、恐れ、そして跪く。暴力的なまでのこの強さは、自分でも十分に理解している。幼いころから何をやっても人よりうまくやれた。練習せずとも誰よりも強かった。勉強だってそう。
女に困ったこともない。
何でも出来た。欲しいものは全部、手に入れることができた。
けれど。
一体どれだけの奴らが本当の自分を理解しているのだろうか。恐らく片手で数え切れてしまうだろう。
不本意ながらそのうちの一人は雲水だと思う。
仲が良かろうが悪かろうが、腐っても双子だ。なんだかんだであいつは俺の理解者なんだろう。というより嫌でも分かってしまうのかもしれない。双子っつーのはそんなもんだ。
そして、もう一人。
俺の、最大の理解者。多分、兄である雲水よりも。
「阿含」
いつの間にか目的地に着き、しばらくの間ぼうっと空を見上げていた。ぼんやりとした意識の中で声をかけられたので少々驚く。
「おう、遅かったじゃねぇか」
「これでも急ぎました!
いきなり学校来るっていうからびっくりしたんだから」
少し息を切らしてやって来た名前。怒っているかのような顔をしているが、口調はそうでもないらしい。むしろ楽しそうなくらいだ。
「あ゛〜?なに笑ってやがんだ」
「いやー阿含が道着着てるのが珍しいから」
「なるほど、見惚れてたわけか」
「うむ!」
からかうつもりで言ったのに、名前は珍しく素直な反応をみせた。呼吸が整うのを待って、とりあえずファミレスかゲーセンでも行くかと歩き出す。
「いやぁ〜みんなはダサいダサい言うけどわたしは結構すきなんだよね、実は」
「へー」
「なんて気のない返事」
その道着を着てる本人の目の前でダセーと評判だと話すのはいかがなもんか。とは思うものの失礼な発言は俺の十八番なので何も言わないでおく。名前はその辺に転がっていた小石を蹴りながら、今日の学校での出来事を話す。だが、石ころを蹴る様子が危うくてへたくそで、それが気になって話の内容はたいして頭に入ってこなかった。
「へたくそ」
「失礼な、石ころ蹴りのプロと呼ばれた女だぞわたしは」
「寝言は寝て言えカス」
「うるさいドレッドあたま」
「あ゛〜?」
「ああ!!わたしの石ころを!!」
隙をついて名前が熱心に蹴っていた小石を溝に落としてやった。がっくり、と肩を落とす名前は実際の年齢よりも幼く見えた。まるでガキだな、とこぼすと「うるさいアゴンヌ」とウゼーあだ名で呼ばれたのでとりあえず頭をはたいておく。
最近あったかいねぇ、とかどこぞのコンビニの季節限定スイーツが美味しかったとか、思うままに名前は喋る。
そんなに旨いなら後で買いに行くかと言うと、これまた子供のようにはしゃぐ。あまりに嬉しそうにしているもんだから奢ってやるか。つーかいつも俺が金出してるけど。
「この俺様が奢ってやるんだから感謝しろよ」
「いつも感謝しております、かんしゃ!阿含サマありがとう〜
そのお礼に!このわたしが!」
「おう」
「プリクラを一緒に撮ってあげよう!」
「あ゛〜?テメーが撮りたいだけだろ。それが礼になると思ってんのかカスがのぼせんな」
「彼女に向ってそこまで言うか。
いいじゃん、わたし知ってるんだかんな」
「なにを」
「一緒に撮ったプリクラ、携帯に貼ってること」
阿含ちゃんもカワイイとこあるねぇ〜とニヤニヤする名前がとんでもなくウゼぇ。
なんだかんだ目敏いなコイツ。改めて言われるとちょっと恥ずかしくなってくるじゃねぇかクソ。
「あ゛〜?知らねぇよんなもん」
「誤魔化しても無意味!」
「へぇへぇ」
「……ねぇ、阿含。
なんかあった?」
恥ずかしさを隠そうと適当に答えていたら、突然真面目な顔になってそう問われる。誤魔化しても、分かるんだから。と、立ち止まって俺の目を見る名前。何がだよ、と無言で問いかける。
「珍しく学校まで会いに来てくれるし、なんかちょっと、元気なさそうだし……」
いつも通り振る舞っていたつもりだったが、見透かされていたのか。そりゃあ、俺がコイツの学校までわざわざ出向くなんて滅多にないことだけど。
それでも、それだけで気づいてしまうほどコイツが鋭い奴だとは。
あぁ、やっぱりコイツは。
「……なんでもねぇよ」
「うそだぁ」
「なんでもねぇって、もうどうでもよくなった」
くだらねーことだよ、と笑う。
やっぱり名前は俺の、一番の理解者だ。他の奴らのことなんざどうでもいい。こいつが俺自身をちゃんと見てくれているから。
笑った俺を見て不思議そうな顔をしている名前の頭をそっと撫でた。
ありがとう、なんて言えない。そんな捻くれた俺の、精いっぱいの感謝を込めて。
君がいれば
(それだけで、無敵)
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