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サッチ



君の手が好きだった。
暖かい君の手が。



そっと撫でるように触れる手が。

全てを包み込むような大きな手が。





私に触れる時はいつも、優しさが乗っていて
それが堪らなく愛しくて、



君の手が、好きだった。





***



「なぁ、俺は
親父を海賊王にするんだ」



そう言いながら剣の手入れをしている彼。もう何度も聞いたその言葉。口癖のようになっているそれを聞くことは、嫌いではなかった。

剣を握る手が、力強くて好きだった。





「いいじゃん、その髪」



いつもは下ろしているだけの髪をたまにアレンジしてみたりした時や、少し、ほんの少しだけ、整えるように切った時ですら気づいてくれて。
そして髪を梳いたり、頭を撫でる。

そんな風に優しく触れる君の手が、好きだった。





「大丈夫、大丈夫だから」



自分のミスで仲間に怪我をさせてしまったり、仲間を失った時。サッチが大きな怪我をした時や、守ってあげられなかった時。
仲間と喧嘩したり、自分がどうしようもなく役に立たないと思った時。
そんな時は、涙が止まらなくなって。

頭や背を撫でて慰める手が、
溢れる涙を拭う手が、好きだった。





「ほら、手ェかせ」



寒いからとか、逸れないようにとか、ナンパ防止だとか、いろんな理由をつけて私の手を握って隣を歩く。

全てを包み込むような大きくて暖かい手が、好きだった。





そんな君が、

好きだった。







「あっ、ねぇマルコ。サッチどこ行ったか知らない?」



昨日はサッチの部屋で一緒に眠って。何だかとても冷える夜で。寒ィな、とか。お前の手冷てェな、とか。あっためてやるよって、手を繋いで眠って。そしていつもなら私のほうが早く目が覚めて、隣で寝てるサッチを起こして、それが常だったのに。


今日は、目が覚めたら、ベッドに一人で。

サッチは、いなかった。



トイレかな?
始めはその程度の疑問で何とも思わなかった。

5分、10分と過ぎて、おかしいなと思い始めた。探しに行こうとベッドから降り扉を開けたところでマルコに会った。どうしてか、酷い顔をしていた。怒っているわけでもなく、悲しんでいるわけでもなく、けれど人が持つ全ての負の感情をぐちゃぐちゃに混ぜたような。そして私は初めて、マルコの涙を見た。



「…マルコ?どうしたの?」


いつも以上に騒がしいモビー・ディック号。
マルコの涙。
嫌な、予感がした。



「…ティーチが、逃げた」

「―――え…」

「最大のタブーを…仲間を、殺して逃げた…!」



冷や汗が背中を伝う。
私が考えうる最悪の展開が頭を過ぎった。

違う、そんなわけない。





「―――サッチが



殺された」





心臓が、止まった気がした。





「…う、そだ…」

「こんな嘘なんか言うかよい!」

「嘘だよ、だって昨日も一緒にいて、」

「嘘じゃねェ!

あいつは、殺されたんだ!ティーチに!」



いつだって、嫌な予感は的中するんだ。



嘘だと、悪い夢だと思いたかった。
けれど、傷だらけで、血を流して、冷たくなったサッチを見たら、これは現実なんだと受け止めざるをえなかった。



「サッ、チ…
ねぇ、やだよ、やだ…サッチ…」



血だらけの手を握る。恐ろしい程に冷たい。どれだけ握っても名前を呼んでも、その手が握り返してくれることはなかった。



「いやぁああぁあぁあ―――ッ!!」



あぁ、サッチは、死んでしまったのだ。

大好きだった手はもう、二度と私に触れることはない。

涙は、出なかった。



***





その後のことはあまり、覚えていない。けれど遺体を綺麗にして、海へ還したことははっきりと覚えている。涙はやっぱり、流れなかった。あまりに大きな悲しみで、体の機能がついてこなかった。



あれからもう、一年だ。
時間の経過と共に薄れていく記憶、悲しみ。忘れたくないことばかりなのに。時の流れというのはあまりに、残酷だ。





君の手が好きだった。
暖かい君の手が。



そっと撫でるように触れる手が。

全てを包み込むような大きな手が。





けれどもう、それも分からなくなった。忘れたく、ないのに。ずっと覚えていたいのに。大好きだったのに。



あぁ神様がいるのなら。
どうかどうか、これ以上私の中の彼を消さないで。







(もう忘れてしまったよ)



叶うならもう一度、君に会いたいと願う。





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