侵蝕



.侵蝕.






どさり、と。若干重い音でその幕は引かれた。
思いの外その幕引きがあっさりと行われた事に落胆しながらも伯爵は先程落とした侵入者との距離を一歩、詰める。

無造作に伸ばされた髪は白銀、流れるようにハラリと落ちた髪に浮かぶのは、同じように雪にも似た白い肌、先程まで自分を痺れるような殺気で射抜いてきた瞳は長い睫毛に今は閉ざされている。
細く長い首筋に浮かんだ鎖骨がくっきりと伯爵を捉えた。

細い呼吸、薄い唇、無防備に上下する胸に目眩と恍惚を覚える。

だが所詮は男である。自分の好みとは決定的に合わないこの無謀な侵入者の息の根を今すぐ止めても構わない、が、彼の纏う空気はそれでもどうしても殺すには惜しい、と、思わせた。
人間離れした美しさ。これで性別さえ違えて居なければ利用価値は充分に。

(……いや、)

そこまで思って伯爵は手にしていた宝石のついた木の枝を見下ろす。数日前にこの男から奪ったものだ。
本来の目的であったルベルクラクを探す途中に見掛けて不意をついて奪ったら、これから過去に苦い思い出のあるあのサタンの波動を感知した。

実際この道具に特に何の意味があるのかわからない。それでも確かにサタンの息のかかったもので、確かにこの男はこれを取り返しにきた。余程大切なのか、形を成して居なければ困るらしい素振りまで見せて。

取り返しにきた彼は瞳に若干恐怖にすら似たものを含ませて言っていた。

「ソイツを返せ!!……あの筋肉女に無事に手渡さないと後でヤツに何されるか…!!」

彼が恐がったのは『筋肉女』の方か『ヤツ(おそらく此がサタンだ)』の方かは確かではない。だがこの玩具を質にとったら彼は手が出せないらしく(そこまで大事だとは思わなかった)集中力のぞんざいな彼が案外呆気なく此方の魔導に落ちたのだ。

そんなに主の仕置きが怖いのか、それとも他の何か精神的理由でもあったか。

とにかくおかげで彼の実力を量るのを忘れた。単独でここまで来れたのだから弱くはないのだろうが。
ましてやサタンの息のかかった道具を所持していたのである。あるいは、サタンの直属の配下である可能性は高い。

それならば利用価値はあるだろう。
パチンと無機質に響いた音に反応して床のそれがゆっくりと瞳を開く。
サタンとは魔族の中でも変わった存在だが、実力は文句なくトップクラスだ。それが手元に置きたがる人間なら充分に意味はある。

ゆっくりと、硝子玉のような無機質な瞳が伯爵を見上げた。意思のない虚ろなそれは人形めいた輝きで、それの美しさに更なる魔性の美を付加している。

試しに顎を引いて味を確かめてみた。
唇を重ねればそれは慣れた動きで舌を絡めてくる。意識は奪えど行動自体はその人物の経験に基づく。つまりそういう経験がなければこの動きは出来ないのだ。
吸い上げた魔導力も人間にしたら驚くほど純粋で良質な闇色。

なるほどますますサタンの子飼いである可能性が濃くなってくる。あるいは物好きな奴が何かの暇潰しに人間の男でも囲って、好みに調教でもしたか。

どちらにしてもこの外見にこの魔導力、さらには予想通りの立場なら利用価値は十二分にあるだろう。
これなら配下にして女性を連れ込むにも容易いし、サタンの関係者なら利用しない手は無い。

何より飽きたら喰えばいい。

「気に入った。暫く私の元で、働いてもらおうか」
「………はい、わかりました、伯爵様」

高く響いた笑い声に続いて、淡々とした若干濁った声が、それでもなお凛と、ホールを震わせた。





(それから1週間と経たない内に伯爵は彼の男、あるいはその関係者の手で倒されることになる)

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日記ログの伯爵シェ。
ルル鉄でシェゾがあっさり伯爵に落とされた裏を真剣に考えたら、ホウライの玉の枝を人質にされた→あれを壊すとサタンに怒られる→嫌がらせあるいはお仕置き→手が出せない→そもそも何で自分が他人に使われているのか→精神力不安定という良くない連鎖に陥った末のあれそれなんじゃないかと思いました。
でない限り後半ルルーとタッグ組んだあとのシェゾの強さに辻褄があわん。殆んどシェゾひとりで伯爵倒してたじゃないか。




あきゅろす。
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