刺し違えてでも
※死ネタ、ダーク、ARSS、血表現あります。








刺し違えても殺さなくては。





彼がそれを最初に考えるようになったのは古いつきあいである魔女を看取ったときのことだった。魔女という奴は人間に比べたら大分長命であるが、魔族のそれよりははるかに短い。では魔族というやつは一体どの程度まで生きるのだろうと思ってそのときは止めた。

次に不思議に思ったのは戦闘中に目測を誤って大怪我した時だ。自分は脳、というか精神を破壊しない限り怪我では死なないが、例えば無駄に長生きしている魔族とかはどうやって死ぬのだろうかとか。怪我が回復するころには考えたということも忘れていたが。

もう一度考えるようになったのは体に異変を感じてからだった。いくら人の道を外れたとはいえ構造は人間。何年生きたかは忘れた。5百年か5千年か5万年か、とにかくそれだけ生きればガタもくる。この世に永遠なぞないと知っていたはずではないか。

あぁならばそろそろ自分も死ぬのだろうかと思ったら、気づいてしまったのだ。





闇の魔導師として生きてきた道になにかを遺そうとは思っていなかった。むしろ何も残らない、そういう生き方をしたかった。闇の魔導師なんていう呪われた運命を背負うなんて、自分で最後になればいい。
もう永く生き過ぎて人間らしい感情はとうに失っていたけれど、それだけは忘れずに生きてきた。

何も遺してはいけない。
何も残しては逝けない。

そう。残してなんて、逝きたく、ないと。






.刺し違えてでも殺さなくては.







右手の感覚はあった左手の感覚はないから闇の波動で補った首はついている下半身もまだあるが腹が半分くらい削げている耳は聞こえるが左側に何か多分血が詰まっている目は見えるぼんやりとだが気配が読めれば問題はない。

シェゾは状況判断ののち左からの殺気に反応しようとしてそのまま倒れた。まずい。下半身に力が入っていない。三半規管がヤられている。ぐるりとまわる視界に気持ち悪くなったけれどもう吐くものなんてただの血だけだった。

畜生。

シェゾは奥歯を噛み締めて見上げた。こんなに感情をむき出しにするのは久しぶりだ。畜生。殺さなきゃいけないのに。殺さなきゃ殺さなきゃ。

差し違えてでも殺さなければ。

目の前の奴がその感情を読み取ったかどうかはしらない。否、そんな余裕はない筈だ。目の前のそれだって無事ではない。嗚呼だって哀しいかな無駄に永い時は無為に見えつつも確実に2人の距離を縮めていた。

そう、絶対に届かないと思わせた実力の差でさえも。

ばたばたと、上から赤が降ってくるのをシェゾは霞む視界で見上げる。見れば魔王様が真っ赤なものを吐き出しながら笑っていた。

「頑張るじゃないかシェゾ・ウィグィィ。よもや私をここまで追い詰めるとは」

ごぼりと。言いながら水音とともに笑いを繰り返す相手は汗を浮かべながらもまだ立っていた。二本の足で。追い詰めたと言いつつも結局死にかけているのはこちらだ。シェゾはいつかの感情、久しぶりの悔しさを覚えた。

殺さなければいけないのだ。目の前で笑うコイツ、サタンを。
それは願望ではなく義務に近かった。“殺したい”ではない。“殺してやる”でもない。

“殺さなければ”

どうせもう自分は死ぬのだ。それは分かっていた。ならば多少命を削ってでも。

シェゾの魔力が異質に動くのにサタンが気づく。生命力すら魔力に変換するその動きに眉を潜める。
彼が多少なりとも無茶をするのは知っていた。だが、それは。

「死ぬぞ?」
「……知ってる」

命を削っているというサタンの忠告は肯定で返された。その言葉に魔王が一瞬だけ目を細めるのを見てほぉらとシェゾが笑う。
ああ、だから殺さなければならないというのだ。

シェゾは右手の剣を握り直した。

殺さなければならないのだ。




彼が愛したアルルは死んだ。彼を愛したルルーは死んだ。人間だった彼女らは、寿命を終えてとっくの昔に魔族たるサタンの手の届かないところへ行っていた。

影を追いかけようにもどうせ、綺麗な魂を持っていた彼女たちと同じところへは行けないと見送ったのを、シェゾは、知っている。

「俺は、もう、死ぬよ」
「……寿命か」

言ったことばにサタンがポツリと水を落とす。とうとう、ついに。来るときがきたというように。
見下ろす彼の口から垂れたものだが、あまりにそれは悲しみに似ていた。

「人間は。脆いな」

落胆と絶望と幾許かの叱責を含めてサタンが吐く。その瞳には確かに諦めが含まれていた。だからこそシェゾは立ち上がる。

「いや、寿命なんかじゃ死なない」

言いながらまっすぐ敵を捉える。
死んでなるものか死んでなるものかこんなところで、どうせもう自分が死ぬのは分かっているが、だからこそ彼を殺すまでは、死んでなるものか。
シェゾは言う。言い聞かせるように。
誰に、自分に、サタンに。

「俺はもう人間を止めたがら、寿命なんて綺麗な死に方は望んでいない」

それは、そういう死に方は、彼らに一筋の光を与えてくれた彼女らのような優しい生き物にしか許されていないのだ。自分みたいな悪党は、どこかで誰にも知られないうちに野垂れ死ぬのが相応しい。
それは一種の抵抗でもあった。闇の魔導師としての運命と。人としての生き方と。落胆を見せる魔王に対しての。

「後には何も遺さない。醜く生きて虚しく死んでやる。寿命なんかじゃない天寿なんかいらない運命なんてくそ喰らえ。意味もなさずに殺されてやる。だがただでも殺されない。今此処で貴様と差し違えて」
「……その心は」

何も残さないというのに魔王を殺すという偉業を成し遂げようと言う。その矛盾に魔王は問いた。だが、魔王を殺すこと事態にはシェゾにとって何の意味も無かった。意味があったのは残さない為の。
サタンにはシェゾの意図がもう分かっていた。それでも敢えて聞いた。
シェゾはその一瞬息を吐いた、一瞬だけだったがその一瞬、彼の表情が緩んだ気がした。

「………道連れだ」

シェゾは地面を蹴った。




何も遺してはいけない。
何も残しては逝けない。

彼が愛したアルルは死んだ。
彼を愛したルルーも死んだ。
彼は悲しみ憂いたのを知っている。
彼女たちと過ごした時間を知っている。
その時間を確かに慈しんだ自分も死んだら、そんな世界にひとり、寂しがりを残してなんて。

誰ひとり、自分が死んで悲しむ人を遺してなんて逝きたくなかった。




シェゾが吠える。サタンが笑う。




だが、互いに、プライドがあったのだ。だから意図を知りつつも一緒に死んでくれとは言わなかったし言わせなかった。
ここで殺せないなら、所詮シェゾはそれまでの生き物で、ここで情けをかけて一緒に死んでやるなどと言うのはどちらも望んでいないことだ。

情をかけて殺される魔王になんの意味がある。最期まで魔王らしく。それが魔族の美学。

手を抜かれるなど言語道断。

だからどちらも否定しないで尊重するには、つぶし合う他なかった。
サタンの容赦ない攻撃がシェゾの命を確かに削る。それには一切の感情もなく、ただ目の前の敵を絶命させるためだけに動いていた。

シェゾはもうよけることはしなかった。手ごたえが無かったわけではない、やけになったわけでもない。勝機も正気もそこにある。
シェゾはほえる。勝っても負けてもこれが最後なのだ。
刺し違えてでも殺さなければならない。

だから。

「……強くなったな」
「お前が弱くなったんだよ」
「相も変わらず失敬な」

だから、サタンの心臓を捕らえた刃はシェゾの意思どおりまっすぐにその背中から伸び、闇の剣は貫いた獲物の生命力を逃さなかった。
シェゾは吐き捨てる。






「一緒に地獄に堕ちろ。クソッタレ」






意地とプライドを丸ごと飲み込んだ優しさは、静かにサタンを貫いた。

(嗚呼薄汚れた自分ならきっと、地獄に逝ってやれるから)
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無理心中。
殺したいほど愛してるではなくヤンデレでもないけど殺すことに意味があるというかなんかそんな感じ。

ARSSがまっとうに生を謳歌したらの話そのいくつかのうちのひとつ。アルルとルルーは天国にいけるけどサタンとシェゾは絶対無理だろう。




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