「ざんねんだったね」 無邪気な笑みで少女は笑った。その様子がいっそ歪んで見えたのは気のせいではない。何故ならどう考えてもおかしかったのだ、彼女が此処で笑うのは。 .貪欲に守る運と命. 「彼は、殺らせない、よ」 少女が笑うその口からは言葉と共に確かに紅い液体も流れていたが、少女は気にしていないのか拭うこともせず目の前を見つめた。己を貫く透き通った刃、その先で驚愕に目を見開いたのは金色だった。 同時に背後で聞こえた息を呑む音に、少女、アルルは微笑みを落とす。 「大丈夫」 そう一言だけ言ってもう一度正面を見詰めた。視線の先の金色が動揺に固まる。アルルは腹の刃を握りしめる。 「アルル…な、ぜ」 「殺させたくないから、だよ、ラグナス」 乾いた声を震わせた金色の勇者にアルルがゆるく微笑んだ。光の勇者と闇の魔導師、運命が告げたような戦い、運命が選んだ勇者の勝利、それに少女が割って入ったのだ。止めを差すその瞬間に、闇の魔導師を庇う様に刃の前に躍り出た。 それは、運命に抗うためか、それとも。 アルルが瞬間視線を落とす。 「………ころ、させない」 「アルル」 「君に、シェゾは、殺らせない」 ぞわ。ぼつりと呟いたアルルの言葉に、ラグナスが感じたのは何故か悪寒だった。時が止まったままの二人の間で動いたアルルが、ふらつく足でラグナスの間近に近づき彼を見上げる。 「君には殺らせない、光の勇者が闇の魔導師を殺すそんな運命なんて僕は認めない」 交わった視線に宿っていたのは強い意志だった、強すぎる。金色の瞳が絡み付く様に。その瞳には、運命に抗うというそれとはまた別の強い感情が込められていた。 耳元で囁く様にアルルは赤と共に確かに吐き出す。 「認めない、光の勇者が何だ、彼と対になる存在は僕だ、彼の特別であるのは僕だ、君じゃない、君に彼の隣は渡さない」 それは、運命に抗うとかそんな美しいものではなかった。闇の魔導師である彼が世界の敵であることを認めない、そんな高貴で崇高な想いなどでは。かつて道を共にした二人が戦うことを嘆いた故のそんな美しい行為ではなく、その美しい行為の裏にあった感情はもっと汚ならしくただ貪欲なものだった。 ただ。 「君には渡さない、シェゾを殺すのは僕だ」 少女は笑った、無邪気な笑みで。その微笑みが歪んで見えたのは気のせいではない。血に濡れた彼女は心の刃をむき出しに勇者に微笑んだ、纏う服を赤く染めながら。 そしてゆるく崩れ落ちる彼女の身体を抱き止めたのは。 (ほらねぇ、きみはぼくのもの) −−−−−−−− ← −−−−−−−− 日記ログ。 どろんどろんに真っ黒で貪欲なアルルも好きなんです。手に入れるためには何を敵に回しても厭わない感じの。 ていうかラグナスとシェゾの関係を全否定するアルルとか好きなんですごめんなさい。 |