ひとつふたつ指折り数えた大切な日々は到底10本なんかでは足りなくて、では溢れたそれはどうなるかと言えば当然のように零れていく、両手から、数えられた筈の10も含めて全て。 失ってから気付くなんてありふれた言葉を言うつもりはないけれど、戻らない思い出というのはどうしたって綺麗でしかない。…のは、戻したい思い出が大切でしかないからだ。消したい過去になんて戻りたくないに決まってる、誰でも。 あの頃は良かったと言うつもりはない。けれど。 .さよなら共犯者. 「お久しぶり」 肩を叩いてそう言った私を何か知らない人を見るかのような瞳で見返してきたあれを見て泣きたくなったのは気のせいに違いない。 なに間抜けな顔をしてるのよ、と笑った拍子に肩で切りそろえられた髪が視界に入るのにどこか違和感を覚えたのも気のせいだ。 彼は一瞬、ほんの一瞬だけ瞳を細めてからすぐに口の端を吊り上げてまるで変わらない表情で言ったのだ。 「老けたな」 嗚呼相変わらず失礼な男だ、久しぶりに会った女性にいう言葉ではない。仮に事実だとしても。だけどそれが逆に嬉しかった。 本当に相変わらずだ。相変わらず、最後に見たときから寸分違わない外見をしたそいつは相変わらずの態度で笑う。20年、変わらない外見で。 私は笑いながら隣に腰を下ろし、酒場の主人に店で一番高いものを2つお願いする。迷惑そうに瞳を細めたあれに奢りよと告げれば、やはり眉間に皺を寄せたまま息を吐く。 「女に奢られるつもりは」 「いいじゃないの、ぼうや?」 「…それを言うか」 いいじゃない。どうせもう軽く親子ほどの差があるのだから。言って差し出した私の手を見つめたそれは、何も言わずに酒を受け取った。 一瞬の沈黙。やがて、口を開いたのは、同時。 「……あの方は、」 「……あいつは、」 被った言葉に先が続かない。ちくり。胸が痛んだ。失ったものは言葉だけではない。聞きたい筈の内容の意味すらも、きっともう。ない。 「………どうして私じゃなかったのかしら」 思わず零してしまった。一瞬陰る彼の瞳には気づかないふりをした。 どうしてあなたが私じゃなかったのかしら。どうして私は年老いて行くのかしら。あの方のためなら私は永久に生きても構わないのに私はそれを持っていない。 どうしてあなたなのかしら。永久にあの方を支えられるのが。 「すまん」 「……らしくないわよ」 「………お前もな」 反論が無いことにどうしても泣きたくなってしまった。同時にどうしても悔しかった。彼のその場所に私が立ちたかった。だから私は精一杯の嫌がらせをするのだ。 「……元気よ、あの子は。あなたなんかいなくても」 その言葉に彼はもう一度瞳をに陰を灯す。そうかと一言、だけどうっすらと笑みを見せた気がした。気のせいかもしれないが、多分気のせいではない。 結局彼も私と同じだ。だから私も彼を恨めない。ただ恨めたらそれはすごく、楽なのに。 私は残った酒を一気に流し込んで立ち上がる。自分の分と彼の分、それに少し多めの金を彼に握らせたのはもちろんイヤミを込めてだ。彼は苦い顔をしながらもおとなしくそれを受け取った。 「じゃあね、……あの方に、よろしく」 「ああ、……お前も、…あいつのこと、頼んだ」 「まったく、私があなたなら良かったのに」 「………そうだな」 私はそのままその店を後にした。振り返ることはしなかった。もう会うことが無かろうと、また会うことになろうと、どちらにしろ振り返る意味はなかった。 (振り返ればあの頃に戻れると言うのなら、いくらでも振り返るけれど) −−−−−−−− ← −−−−−−−− サタルルでシェアルでサタシェでルルアル平行世界の20年後。 ARSSは選択次第でいろんな未来が想像できますよねという話であって個人的にはみんなでやぁやぁやってる方が好きです。 |