パッサカリア
黒の花嫁の続きっぽいお話
※別に読んでなくても意味は通じるようにはしたつもりですが




ゆったりとした宮廷舞曲。様々に着飾った貴族達。豪華な食事に美しい調度品。

城の二階席、明らかに別格と見えるその位置から、眼下で繰り広げられる貴族達のダンスを見下ろし頬杖をついたその人に、隣に佇んでいた従者が声をかけた。

「随分と、ご機嫌ですね」

従者は濃紺の髪を流した美しい淫魔で、貴族達の間でも知らぬ者はいない、魔王直属の従者であった。
それに声をかけられるということは、魔族の女であれば至上の悦びであろう。誰もが驚喜し陶酔する。

その有り難くも声をかけられた存在はしかし、それ以上の。

その人は階下から視線を従者に移すと、一度だけくすりと微笑んだ。その笑みは淫魔をも魅了するかのように妖艶でいて裏がある。
落とした影の漆黒の裏で長く伸びた銀の髪を払った。

「まぁ、考えようによっては」

それだけ言うと細い指を唇に当てて考えるかのように視線を再び下ろした。伏せた睫毛に蒼水晶。
添えた左手の薬指には、魔王との婚約のルビー。

「悪くはないな」

答えて魔王の婚約者、シェリーは至極楽しそうに立ち上がり、手元の机に置いてあった魔王愛用の仮面を手にとると、漆黒のドレスを翻し階下に降りていった。





.パッサカリア.







「もし、そこの方」

囁くような、しかしはっきりとした声がひとりの貴族の動きを止めた。
ここ魔王の城で行われている舞踏会、そこに出席出来ることは、貴族階流の魔族としてはとても名誉である、この席で。

声をかけられた彼が振り返った先にはひとりの女性が立っていた。一瞬で最高級と分かる生地のドレスを身にまとい、仮面で素顔を隠した銀糸の令嬢が。

貴族にはそれに見覚えがあった。というか誰もが一度は見たことがある、その仮面は魔王のよく使っているもので、令嬢のシルエット、その細い長身に銀糸の髪と整った顔立ちは先日発表された魔王の婚約者のもの。

そんな彼女が自分に声をかけてくる理由が見つからなくて貴族は戸惑う。

するとそんな様子に気づいたか、彼女は口だけで笑うと彼に手を差し出してきた。

「良かったら、一緒に、踊っていただけませんか?」
「え…、しかし」
「お断りに?」
「ですが、貴女は…、」

シィ。

何事か言いかけた貴族の唇に、令嬢は沈黙を促す音を鳴らしながらそっと左手の人差し指を添える。
薬指のルビーが妖しく光った。
そうしてそのままその手を取ると、少しだけ顔を近づけて囁いた。

「この様な場で仮面をしている以上、【正体は解らない】のがルールでは?」

その発言の意味するところは即ち背徳。魔王に対する裏切りですらある。
だがその彼女の妖艶な笑みと誘惑に惹かれて、男は、その手を、取ってしまった。



それ以降、その男の姿を見た者はいない。








「おかえり、シェリー」

シェリーが仮面を片手に2階席のテラスに戻ると、用意された彼女の椅子の隣の椅子に腰掛けて、楽しそうに此方を見て笑う魔王に迎えられた。

「……なんだ、いたのかサタン」

シェリーはそれに一瞬眉を潜めると、先程とは打って変わって低い声音でぽつりと囁く。
その変わり身にサタンが困ったように微笑んで、しかしすぐに嬉しそうにシェリーに手を伸ばす。

「何だは無いだろう、未来の旦那様に向かって」
「何の冗談だ」
「ん?少なくとも此処に来ている全員そう思っているぞ?」
「俺とお前以外はな」

甘く誘うような声音にすら顔色ひとつ変えずに、シェリーは拝借していた仮面をサタンに向かって放り投げる。

所詮シェリーはサタンのでっちあげの婚約者でしかない。だがさすがにその態度にはサタンの方が機嫌を変えた。

「人の物を勝手に使って他の男と遊んでるくらいなら、少しは此方にも愛想を振りまけ」

余り横柄な態度ばかりでは怪しまれる。放られた仮面を受け取ってそう口を尖らせたサタンに、シェリーは満足げに瞳を細めると、ドレスを翻してくるりと上機嫌にその場で一回り。

「貴様の都合にこっちがわざわざ付き合ってやってるんだ」

ありがたく思われても勝手をするなと言われる筋合いは無い。シェリーは言いながら踊るように瞳を閉じる。そうして流れた銀糸とその優雅な動きの中で、動いた風に乗って微かに鉄錆の匂いがした。

そのあとでふわり広がったドレスの裾をつまみ上げて可愛らしく一礼してみせたその漆黒のドレスの、裾が、濡れているのをサタンが認める。
その様に軽くため息をつくと、もう一度手を伸ばした。

「だからお前にもいい条件を与えてやってるのではないか」

誰のお陰でその甘い蜜を吸えていると?
きぅと、瞳を細めたサタンに今度はシェリーが言葉を詰まらせた。

「………ん」

一瞬納得がいかないように目を細めたシェリーだが、一度階下を見下ろすとすぐに視線をサタンにあわせ、素直にその手を取ってサタンの腕に抱かれる。

「……感謝しております、魔王様」
「よろしい」

シェリーはおとなしくサタンに従い出来の良い婚約者を演じつづける。
下に降りる前より少しだけ魔力の強くなった偽りの婚約者を腕に抱いて、満足げに魔王は微笑んで、階下の貴族に視線を投げた。



(魔王の婚約者騒ぎにつき合うための代償として、シェゾが突き付けた条件)
(それは、サタンの開くパーティに訪れる魔族の貴族の中から、一回につきひとり限り、好きな者を選んでその魔力を奪って良い、というものだった)



「……愛しているよ」
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黒の花嫁の続きっぽい話。
サタン様とご結婚なされば魔力とかいただきほうだいだぜ的なそんな寄生虫みたいなシェリーたんはとても悪女でよろしいかと思いますね!!←←

シェリーならどんだけ性格悪くても許すよ!何故ならそう彼女が美しいから。ビバ悪の華。

調子こいたシェリーが書きたかったんですあとマスシェリ的展開。マスシェリいいよマスシェリ。


あきゅろす。
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