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■1つぽっちのキセキ



■■

数年前に出来た大型ショッピングモールは3駅離れていて,その駅から10分程バスで行った所にあったが,イチの目を輝かせるには十分だったようだ。

休日とあって客の数は多かったが,念の為イチには帽子を目深にかぶってもらっている。

だから表情はよく伺えないが,声や仕草には楽しさが溢れ出ていた。


『ガッチャ,ありがとな』

イチがそう示したのは,手に持った買い物袋。その中身はイチのサイズに合った服が何着も入っている。


『いつまでも制服じゃいられないからな。もっと早く来れれば良かったけど…』

当然,文化祭の準備は休日でもあり日曜日の午後にしてようやく行くことが出来た。


『んーん。凄く広くて,楽しい。それに……』

イチの歩みが俄かに途絶えた。


『イチ?』

イチの目線の先にはおもちゃ屋があり,新作のゲームが店頭のお試しブースに設置されていた。

イチの瞳は輝いている。


『行ってくれば?』

大好きなおもちゃを前にした大きな子供は,俺の言葉に満面の笑みを浮かべた。


『すぐ,戻るから』

『いや,いいよ急いでないから。それに,俺も寄りたい所があるし』

待ち合わせ時間と場所を決めて,俺とイチは別れた。

■■

イチに気を遣わせない為の口実とは言え,実際は特に見たい所も無く,何の目的もなしにブラブラしていた。

今日の目的は,イチの生活に必要な日用品を揃える事と,何よりも気分転換を兼ねて来た。

いきなり未来に来てしまって,何も知らぬまま家に軟禁状態は誰だって精神的にきつい。それに音を上げず,表に出さないイチは強いとしか言い様がないが。

色々と考えながら歩いていたせいで,食品売場に来てしまっていた。

至る所に,秋の味覚と称した商品が並んでいる。

イチは甘いものが好きだから,何か買っていこう。そう思い,一店舗ずつ注意してショーウィンドーを覗いて行く。たが,どれが良いのか決めかねて,何度も行ったり来たりしてしまった。


『…まずいな』

待ち合わせの時間はもうすぐだ。

『シノブ?』

『―――ッ!?』

背後から呼ばれ,思わず振り返ってしまう。

俺を名前で呼ぶ人物は極僅か。

余りにも見知った声,姿。


『アラタ,』

自身の運の悪さを怨みたくて仕方がない。


『どうしたんだ?,こんな所で』

少し,声が上ずってしまった。

適当に話して,急いでるからと言って立ち去ろう。その一連の流れが頭の中に反復する。

とにかく,一刻も早くイチを連れてこの建物から,アラタから遠ざけなければいけない。


『買い物,普通に考えてそうだろ』

『…そうだな』

『ったく,休日までミナミと顔会わせるからストレスが溜まって嫌んなる』

『…そうか』

アラタが盛大な溜め息をついた所で,俺は退散しようかと口を開いた。


『悪いけど,俺…』

『あのさ』

俺の言葉は途中で掻き消された。

アラタが真っすぐ俺を見上げている。いつに無く真面目な表情に,気圧されて俺は口を閉ざすしかない。


『俺,お前がさっきから何度も同じトコぐるぐる廻って嬉しそうにケーキとか眺めてんの見てた』

迂闊だった。まさかそんな前からアラタが居たなんて。


『シノブはケーキみたいな甘いもの嫌いだったろ』

『それはッ,たまには気分を変えたいと思ったからだ』

たぶん今,俺の顔は恥ずかしさよりも怖さで青ざめているだろう。








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