■1つぽっちのキセキ ■ それはイチだから。イチだから俺は何だって出来る。 だがそうハッキリ言えるはずもなく,イチの手を払い除けた。そのまま決りが悪くて俯く。 『でも,そこがガッチャの良いところなんだよな。俺,こっちに来ても自分家は空き家だったから凄い困った』 イチが亡くなってすぐに,アラタ達は近所に家を建てた。きっと,新しい出発の意味を込めたのだろう。 俺はどう返事をすべきか迷って しまって,あえてその事については答えなかった。 『それで,ガッチャの家に行ったんだ。そしたら,こうやってガッチャは俺を信じて助けてくれた』 ありがとう,と言って,イチは微笑む。 目頭が熱くなるのが分かった。こんな所で泣くわけにはいかない。 『タダじゃ無いから』 わざとこの雰囲気を壊す台詞を選んで立ち上がった。 『へ?』 『洗い物とか,家事全般よろしく』 そう言って,キッチンを出て洗面所へと向かう。 扉越しにイチがぶつくさ言っているのが聞こえて,安堵した。 ■■ イチがどうやってこの時代に来たのか。そして,どうやって帰れば良いのか。 SF小説や漫画のように明らかなきっかけなど,無かった。 『学校を出て,歩いてただけなんだよなー』 『本当に何も変わった事は無かったのか?』 『なーんにも,無い』 学校をサボったが,無駄に時間を潰すつもりは無く,イチにあれこれ質問してみても無駄だった。 居間にあるソファーに寄り掛かって目を閉じる。 一つも手がかりが無いのは辛い。それと同時に,このままイチが居れば良いのにとも思う。 そうすれば,イチは死なずに済むかもしれない。 『なぁ,ガッチャ』 『何?』 『これの使い方教えて』 これと言うのは,最近発売されたテレビゲームの事だ。 そう言えば,イチは無類のゲーム好きだった。目がキラキラと輝いている気がする。 『こんな凄い立体的な映像で冒険出来るのかー』 イチの適応能力の良さには関心させられるも,今の自分の状況に少しも危機感を持っていないようで,少し呆れる。 『…どうする,戻れなかったら』 ウキウキと機器をいじくっていたイチの手が,不意に止まった。 『母さんは早くて来月には帰ってくる』 そうなると,家に居る事が可能な時間は1ヵ月もない。イチには生きていて欲しいけれど,只の高校生である俺は無力だ。 『うーん…やっぱりさ,家族に会うのはまずいかなー?ガッチャの話だと結構,近くに住んでるみたいだし』 『………驚くだろうな』 『親父とか,みんな驚くだろうなー。息子が小さくなった!ってぶっ倒れるかも』 イチがこの時代で生活する為には,親しい間柄の協力者は必要だ。 でも, 『未来の自分に会うとろくな事にならないって言うけど,どうなんだろ?』 イチにも自分の未来を知らなければならなくなる。 『なぁガッチャ,この時代の俺ってどんな感じ? あっ,全部言わなくて良いから,ヒントみたいなやつだけ頂戴』 無邪気に微笑むイチ。 俺には言えない。そんな残酷な事,イチには似合わない。 『そうだな……この時代のイチは今と変わらず面倒見が良くて元気』 イチが居なくなってから,何度も夢に描いた年をとったイチの姿。 『仕事は楽しんで頑張ってるみたいだった』 『恋人とかは?』 『詳しくは知らない。…だけど,ずっとイチを好きなヤツは居る』 『!!もしかして,今の俺は気付いてない?』 『たぶん』 『勿体ねー!!』 ギャーギャーと一人で盛り上がるイチ。 イチはこれ位,元気な姿が似合ってる。 知らずの内に,ふんわりとしたイチの髪を撫でて,俺は目を細くしていた。 . ←→ |