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■1つぽっちのキセキ



■■

陽の光がカーテンの隙間をぬって,一本の道を作っていた。

昨日と同じ光景。だが,その真直ぐな光が示すのはこの世にない筈の存在だ。

俺の目の前でイチがベットで眠っている。

夢なら覚めれば良い。そう思ってベットへと入ったのは日付はとっくに今日になっていた。その間,全神経を俺自身の動揺を落ち着かせながら,イチの話を聞くのに集中させた。

こうして目覚めてもイチが居る今が現実だと噛み締めるしかない。


『イチ……』

――ガッチャ?

昨日俺を見てそう呼んでくれた。

俺をガッチャと呼ぶのは,イチ以外いない。そして,俺だけがアラタの兄,ハジメをイチと呼ぶ。

だから,以外にもさほど抵抗なく目の前の人物を受け入れる事ができた。

不意に携帯が鳴り出し,俺は慌てて部屋を後にする。

着信はアラタからだった。

今日は平日。普段ならイチの所へ行き,アラタと合流する時間だった。


『もしもし』

――そろそろ時間だけど

普段通りのアラタの声を携帯越しに聞く。


『悪い,調子悪いから今日は休む』

少しだけ声の調子を下げて,いかにも…な雰囲気を漂わせた。

イチを独りにするわけにもいかない。あまつさえ,俺自身も整理がついていない。


――…分かった。担任には伝えとくから

『悪いな』

長い付き合いになるアラタだから,きっと仮病なのは察しただろう。たが,その理由までは聞いてこないので助かった。


――いいよ。一応,文化祭が近いんだから気を付けろよ

『ああ。なるべく早く治す』

イチの事をアラタに話すべきか,会話中はずっと迷っていたが,とうとう話す事はなかった。

信じて貰えるはずもなく,冗談にしても笑えない事でもある。それに,イチだって自分が死ぬだなんて思ってもいないから。

今ここにいるイチは,高校2年のイチなのだから。

イチが死んだのは18歳になる年の頃。


■■

『学校,行かなねーの?』

『今日は気分じゃない』

『サボりかー。ガッチャも悪になったんだな…』

染々と頷くイチ。流石,と言うべきか,イチはもう今の状況に慣れた様子だ。

今は2人で少し遅い朝食をとっている。

テーブルを挟んで正面に座るイチは,楽しそうにパンにジャムを塗る。


『…俺の事,簡単に信用して良いのか』

『へ?』

パンを頬張ったまま,イチは目を丸くして固まった。


『上手く話を合わせてるだけかもしれないだろ』

イチに会えた事は嬉しい。だけど,こうも容易く総てを受け入れられられてしまうのは嫌だった。


『6年も経ってて,イチが知ってる俺とは姿が全く違っているのに』

簡単にガッチャを信じてしまう。そんな軽い存在は嫌だった。


『馬鹿だなー,ガッチャは』

イチは笑って,そう言った。


『は?何で,』

『確かにムカつく位ガッチャが大きくなってるけど,イチって呼ぶ時のガッチャの妙に甘えた声は今も変わってない』

『………』

それは無いと思う。もしかしてであっても,無いと思いたい。


『それにさ,俺の大好きな莓ジャムと,豆腐とワカメとナメコの味噌汁って世間では邪道な朝食を用意出来るのは,ガッチャだけだ』

確かにそのイチの言葉には説得力がある。

納得した顔をしているのだろう俺を見てイチは微笑んで,わしゃわしゃと俺の頭を撫でてきた。


『ガッチャだって同じだろ。突然現われた正体不明の俺を家に招きいれて』

『それは…』

イチに,幻でも良いから会いたかった。


『ガッチャこそ,人が良すぎ』










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