■1つぽっちのキセキ ■ 他の作業中だったクラスメイトも手を止め,アラタの様子を唯,見守っている。 『ミナミなら宥められんじゃん?』 『あー確かに。仲良いもんな,アラタと』 そんな囁きが聞こえてくるが,それは大きな誤りだ。 数分後にもたらされるであろう,アラタとミナミの深刻な温度差は,想像に難くなかった。 ■■ その日は結局,衣裳作りの調整が長引き,俺が学校を出たのは9時を回った頃だった。 ぼんやりと月が校舎をを照らしていて,日中の雰囲気とは違い不思議な気分だ。 少し寒さを感じながら,足早に15分足らずの帰路につく。アラタはとっくに帰宅してしまったから,歩幅を気にする事無く歩けるから助かる。イチもそうだったが,アラタも決して長身とは言えない高さで,本人はそれを気にしてるらしい。 ――お前だけ大きくなって… アラタは恨めしげに歩幅の事でそう言ってくる。 確かに俺は中学で成長期を迎え,それから一気に伸びた。きっと小学生の頃のチビの俺を想像するのは難しいだろう。 それ位,成長した。だけど,心はぽっかりと穴が開いたままな気がする。 虚しさを意識しないように,黙々と家を目指して歩いた。 いつの間にか,月は雲に隠れてしまっていた。でも次の角を曲がれば自宅だ。 無意識にポケットから鍵を探す。今家には自分しかいない。母親が単身赴任中の父親の所へ行ってしまったからだ。最低でも1ヵ月は帰ってこないと言っていた。だから気楽な生活が1週間は続いている。 角を曲がり終えた。 当たり前だが,家に明かりは灯っていない。真っ暗だ。 『…………』 真っ暗な家の前に,誰かいる。俺は立ち止まり,夜目を凝らした。 背丈はそんなに大きくはない。ソイツは俺には気付いてない様子で,家を見上げていた。 気味が悪い。 万が一に備えて身構える。体格的に,こっちに歩があるのは確かな筈だ。 『――おい』 少し擦れた俺の声が,沈黙を破った。 ぎゅっと握り締めた拳に鍵が食い込む。 『ッ,俺の家に何か用?』 『ッ!?』 相手は驚いた様子で俺の方に顔を向けた。 刹那。 ―――チャリー…ン… 俺の掌にある筈の鍵が地面に落ちた金属音。その音でハッと我に返る。 『………あ』 喉が異様に乾燥していた。 月が雲から顔を出し,俺たちをぼんやりと照らす。 目の前の光景が信じられない。 質の悪い夢なら,早く覚めれば良い。目覚めた先の教室で,からかわれたほうがマシだ。 だが,いつまで経っても起こされはしなかった。 『…………イチ』 何でイチが,ここにいるの? . ←→ |