■1つぽっちのキセキ ■ ■■ もう一度だけ,会いたい。そう思って今まで生きてきた。 願いは極稀に,残酷な奇跡を生むのだと知らないで。 ■■ 今日もまた何時ものように,イチが眠る静かな場所を訪れる。 彼がこの世を去ってから日課となった事だ。特に何もせず,時間が許す限り墓標を前に立ち尽くす。 もうすぐ,木の葉も色付き秋も深さを増してくるだろう。近くに生える木に目をやりながら,ぼんやりと考える。 とるに足らない思考を,電子音が遮った。 『どうした?』 携帯電話に映し出された名前は,佐々木新。同級生で俺の幼なじみだ。 ――兄貴んトコにいる? 携帯からアラタの声が尋ねてきた。 俺はそうだと短く返す。 ――分かった。じゃあ,入口んトコで待ってるから。 俺が答える前に,通話はきられた。 再び辺りは静かになる。 アラタは俺が毎朝ここに居る事も知っている。だが,電話をかけてくる。そして一緒に学校へ行く。 アラタはイチの弟。兄の墓をアラタは意識的に避けてる。理由は解らないけど,何となく想像は出来た。 『…イチ,行ってくる』 返事は当たり前だが,無い。 ■■ 俺とアラタはイチが通っていた男子校に在学している。イチを知る教師も若干名いるらしい。だから,制服が学ランからブレザー変わった以外は,イチと同じ所で毎日を過ごしてる。 そんな俺たちの学校は来週末に文化祭を控えていた。 『文化祭なんて,無くなれば良いのに』 放課後,文化祭ムードが溢れる教室でアラタは呟くように愚痴を零す。 『仕方無いだろ,俺以外のクラスの奴らがお前に投票したんだから』 立っているアラタの後ろに屈み,俺は針と糸でアラタが身に纏う衣裳の仕上げを行なっている。 『だいたい,白雪姫なんて,ヤローだけでやるのが間違ってんだよ』 『はいはい。愚痴るのは良いけど,あんまり動くな』 今更怒っても仕方がない。そう言いたいのを堪えて,作業を進めていく。 この学校の文化祭は2日間ある。初日は身内で行なう演劇会。クラスごとに発表する。2日目は一般に公開され,出店と演劇会の入賞したクラスの再上演が行なわれる。 俺たちのクラスの演目は白雪姫。入賞を狙うべく,真面目な投票で選ばれたヒロイン役がアラタだった。 もちろん,断固拒否するアラタに有無を言わせぬ速さでここまで引きずって来たクラスの実行係はの見事だと思う。 『そんなに嫌なら,発案者に言ってこいよ』 俺がそう言うと,アラタは苦虫を噛み潰したような顔をした。 『アイツ,苦手』 『?何で,』 『アイツは良い奴なんかじゃない』 俺が続けようとした言葉はアラタが全て奪いとって,否定した。 アイツって言うのは,俺たちの副担任であるミナミ。新人教師で俺たちと年齢も近いせいか,理解があって皆から人気もあった。そして,劇の題材はミナミの発案が通った結果で今に至る。 『またらかわれたんだろ』 『…それだけじゃない』 『他に?』 『とにかく,アイツのせいで俺がこんな格好ッ…』 人当たりの良いミナミだが,何故かアラタに対してはちょっかいを入れてくるのだ。 アラタはそんなに絡みやすい方では無いから,不思議だった。だが,だからと言って理由を知りたいとは思わないが。 ここで教室の戸が勢い良く開き,宣伝係が大きな印刷用紙を手に現われた。 確かパソコン室で作業をしていたはずだ。 『宣伝用ポスター完成したぞー!!!』 白雪姫姿のアラタが大きく写る客引きポスターは黒板のど真ん中に張り出され,いよいよアラタを包む空気は凍り付く。 『………』 誰の目から見ても,アラタが怒っているのは確実だった。 . ←→ |