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■迷走



『恋愛成就は叶ってるから,職業のほう』

『お守りか…ありがとな,比企。大事にする』

『嫁さんの次に大事にしろよ』

自分で言った台詞が一瞬だけ黒いものに感じたけど,それはすぐに有耶無耶になった。


『ああ,そうだな』

それからは他愛のない話に時折笑いながら帰路についた。

オレとしては満足のいく1日だったと思う。もう薬指の存在を気にすることもなかったし。


『ただいまー』

達成感を胸に帰宅すると,リビングにはビールの箱。キッチンには大きな買い物袋がパンパンの状態で無造作に置かれていた。


『おかえりー』

エプロン姿の宏和がおたま片手に現れて1歩退いた。

料理なんてしない弟がエプロンなんて気持ち悪い。


『熱でもある?』

『平熱。それより彩生はお皿とかそのた食器を用意して客間に会場セッティングよろしく。俺は肴作るから』

『大学の友達と飲み会でもすんの?』

だったら宏和がフライパンを握るのは頷ける。酒の肴だけはオレより美味い。


『こんな僻地に呼んだら交通費寄越せってブーイングされるよ。この前,優兄の話したでしょ』

『あれ,ほんとだったんだ』

『ほらっ,優兄ももうすぐワインと檜垣さん連れて帰ってくるから早く』

『檜垣も来るのか!?』

『だって今日の主役は檜垣さんだし?送別会だよ』

さっき送り出したばかりなんだけど。やりきった感があっただけにまた会うのは気まずい。


『何でオレには連絡が無いんだよ…』

『優兄曰く,敵を騙すにはまず味方から。優兄は彩生が隠し事苦手なの知ってるから』

『檜垣は敵じゃない』

『ものの喩だって。ほら,さっさと用意する。文句は後から優兄にたっぷり言ってあげなよ,喜ぶから』

客間へとオレを押しやってキッチンへと戻って行ってしまう。

今更オレが何かを言ったところで,変わる次元じゃない。

早々に諦めて,指示された通りに食器を並べていく。しばらくして食指が動く臭いが漂ってきてうっとりと目を閉じた。

疲労やら空腹が一緒くたになって酒よりもご飯と風呂が欲しくて仕方ない。

せめてシャワー…

適当に食器を並べて早く実行したい。


■■

―――比企…

――比企

『彩生,』

『ん……』

『あ,目ぇ覚めた』

ボンヤリとした視界は焦点が合うとハッキリとした輪郭が現れた。


『檜垣!』

『せっかく眠ってたのにごめんな,比企』

眠ってた?


『あれ,檜垣っていつ来て…!!まさかオレずっと……』

『俺が連れ回したせいで疲れたんだと思う。無理に起こしても悪いからそのまま眠っててもらったんだ』

『ごめん』

シャワーを浴びてソファーで一休みしていたまでは覚えてる。確かテレビを点けて夕方のニュースを聞き流していたら知らぬ間に眠ってしまったらしい。

檜垣は全く気にしてないという具合で,掌をぶんぶんと振った。


『ほんと,気にしてないし。実は小椋先輩と宏和くんが酔い潰れて眠っちゃったから,何か掛けるものないかと思って』

『うん,分かった』

適当な肌掛けを持って客間に行くと,大量の空き缶に埋もれて二人が寝息をたてていた。


『凄く酒臭い』

『小椋先輩のピッチが早くて,それに付き合ってたらあっという間にこの有様』

『でも檜垣はそんな酔ってない?』

『俺,結構強いから。でも流石にある程度は酔ってる』

そう言って笑う顔は確かにほんのりと赤いかもしれない。


『オレは少しこの部屋片付けてくから,檜垣はリビングで休んでろよ。水は勝手に飲んでて』

『うん,手伝いたいけどそうさせて貰うわ』

『気ぃ遣わなくていいよ。お客なんだから』

『ありがとな』








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