■迷走 ■ 『比企!ごめんなッ。目ぇ覚めてよかった』 『謝んなよ,オレ自身が悪いんだから』 『でも俺が誘わなきゃこうならなかっただろ。もう起きないかと思って焦った』 目が覚めないって…そんなことある訳ないだろ。 ふざけて言うにしては真面目な顔で頭を下げてきた。体を起こしてみたものの,どう対処すればいいのか…。 『これも全て俺の処置がよかったからな』 『助かりました,先輩。でもまさか先輩も実家で働いてるとは思いませんでしたよ。あと比企とも仲がよかったんですね』 『のんびりやってるほうが,俺にあってるからな。まぁ,出会いがないのは欠点だけども』 小椋の視線がこっちに向いてる気がして,慌てて下を向いた。 『彩生とは幼なじみで,昔から俺が構い倒してる』 『へぇー初耳です。中学ん時はそんな風に見えませんでしたよ?』 『それは彩生が仲良く見えないように気を遣ってたからだろうな。彩生はシャイだから』 正確に言えば,オレと小椋の両方が細心の注意をはらってた。知られたらお互いの居場所がなくなるとしても,離れずにはいられない仲だった。 『シャイじゃない』 『言われてみれば物静かだったよな,比企って』 『違うって』 檜垣は明らかにオレをからかっている。 からかわれるのは好きじゃない。だけど今は敢えてそうさせておいたほうがいい。余計な詮索はされたくないから。 『檜垣は思い出観光してるんだよな?』 『はい。そうする予定ですけど…』 『なら,次は…』 小椋は窓の外をスッと指さした。 『あそこで決定だな』 ■■ 中学校を見下ろす様に位置するこの山は危険なヶ所も無く,小さな山なので中学の部活でもちょっとした筋トレに使われていた場所だった。 道の両脇に根を張る木々は枝々を悠々とのばし,天然の日除けをオレと檜垣の頭上に作っていた。 傍らに流れる小川が青嵐を運んでくる。 『凄い癒し空間。中学の時はただの自然だとしか思わなかったけど』 『オレも中学以来だけど,こんな綺麗なとこだったなんて思わなかった』 『小椋先輩のお勧めのお陰だな』 『…凄く不本意だけど』 小椋の言葉に従ってここにいる。まさか檜垣だけでなく,オレも一緒に楽しめるとは思わなかった。 ――待ってる 小椋の姿が浮かんできて目頭を押さえた。 オレもほとほと成長してない。ただ場所を紹介されただけで浮かれて。 『比企,気分悪い?』 『え?ああ,ちょっと反射した光が眩しかっただけだよ』 先日倒れたせいか,今日の檜垣は動作の一つ一つに気遣いが見える。 『この前は偶々具合が悪くなったけど,いつもは平気だから』 『うんうん,解ってるって。もうちょっとしたら水分補給しようぜ。確か拓けたトコがあった筈だし』 檜垣は時計に目をやりながら提案してきた。 もしかしたら細かく時間配分してくれてるんじゃあ…と,ふと頭に過る。檜垣のある意味節目の旅なのに,オレが居るせいで邪魔になってる気がしてならない。 『昔はここを駈け上ってたんだよなー…』 オレの意に反して,檜垣は楽しんでいるようだ。 『走ってみたら?』 『四捨五入して三十路に無理言うなよ』 『独身最後の記念にさ,ちょうど10年前の自分との勝負にもなるし』 『無茶…』 『よーいどんッ』 問答無用で両手を勢い良く合わせた。 パチンと乾燥した音が爽やかな空間に響いた。 . ←→ |