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■迷走



■■

向暑の日差しがオレの頭から背中を焼いてる。汗の量も真夏の様。

2,3個離れた群生で檜垣はずっと下を向いてしゃがんだまま,黙々と探索中。


『意外と見つかんないもんだなー。比企は見つかった?』

どっこいしょと年寄り臭く立ち上がってこっちを向いた檜垣の顔は真っ暗だった。


――比企!!

檜垣の焦った声が遠くで聞こえる。

別に平気だって伝えようとしたんだけど,無理みたいだ。オレの意識は遠退いていった。

真っ白な世界。それは天井だった。続いて懐かしい匂い。思い出すにはほろ苦い記憶も伴ってくる。


『…小椋』

檜垣と一緒にいるのになんでその名が浮かぶのか。そもそもオレはどうしてベッドで寝てるんだろ。


『暑さに参ったんだ,彩生』

檜垣の声ではない声がオレの疑問を見事に解消した。


『ッ!!!』

『こらッ,急に起き上がるな』

飛び起きようとしたオレを制したのは小椋本人。オレは二の句が継げないで口をパクパク。

小椋とは意図的に会わずにしてきたから,衝撃は大きい。


『会いたくないって顔してる。でも仕方ないだろ,お前が弱っちくもぶっ倒れたりするからだ』

『…笑うな』

『笑わずにはいられないさ。7年振りにまともに話せたんだ』

『………』

わざと避けてきたのはオレ自身だから気まずい。その後ろめたさからか,小椋の白衣姿が眩しく見える。

所在ない振りをしてキョロキョロと周囲に目をやると,見慣れた部屋だと分かった。


『…相変わらず殺風景』

小椋の部屋は記憶のと殆ど差異はない。ただ,机と本棚に整理整頓されているのは難解な医学書みたいなものに替わっていた。最後に見たときは参考書の類がそこにはあった。


『彩生がこの部屋にいつでも帰って来ていいように,模様替えは控えてやっといた』

『檜垣は?』

『今のを無視は流石にないだろ』

『助けてもらったのには礼を言う。だけどここにはオレの意志で来たんじゃない』

おそらく檜垣がここまで運んでくれたんだと思う。小椋の家は診療所をやっていて,中学校のすぐ近くにあるから。


『そうそう,檜垣がお前を背負って現れたときは面食らった。右手の薬指に指輪もあるし。だけど彩生はしてないとこを見ると…』

『変な勘繰りすんな。檜垣は偶々こっちに帰ってきただけだ』

『ん,お前付き添いの独身最後の旅らしいな。檜垣がさっき教えてくれた』

『………』

試された。

小椋の意地の悪い笑みを浮かべるその表情を睨みつけてみても,何の効果もない。


『悪い。嬉しくて調子乗り過ぎた。檜垣ならお袋とお茶してるよ。昔から檜垣をお気に入りだからな,当分は離してもらえないと思うぞ』

もう少し眠っていろと体をトンと押されてベッドに沈む。そして傍らに小椋は腰をおろした。


『…仕事は?』

『残念ながら親父と交替したばっかなんだ』

小椋の部屋に小椋がいるのは当たり前。だからオレは二人きりのこの状況を打破するすべを持たない。


『なぁ…彩生』

『……何?』

『ホントに檜垣と』

『偶々あいつが店にきて,丁度あいつの予定に融通がきいたのがオレだっただけだって』

『それ聞けて安心した。可愛い後輩に宣戦布告したくなかったからな』

『馬鹿言ってんなよ』

『俺,本気。これを機に戻って来いよ』

待ってる。

耳元で囁かれた言葉に身を固くさせた時だった。

トントンとノック音が部屋に響く。


『先ぱーい,おばさんに頼まれてお昼持ってきましたよー』

檜垣の声が扉越しに聞こえてきた。


『…お昼?』

『あー…そう言えばまだだっけ。浮かれてると忘れるもんだな』

ボソリと呟くと檜垣を部屋へと招き入れた。








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