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■迷走



■■


『比企…?』

『え…』

『やっぱそうだ!俺だよ,俺!』

『……檜垣?』

『ピンポーン,久しぶり』

最後に会ったのは中学の卒業式。それから10年経ったかつての級友は,垢抜けた出来る男に成長していた。


『話には聞いてたけど,比企は地元に残ってたのか』

『まぁ,ここ継ぐ予定だったから』

片やオレは小さな街の饅頭屋。

10年振りの再会から滲みだす感情は懐古じゃなくて羨望。そして,


『俺の家族はここの店の大ファンなんだよ。まさか比企の家だったとはなーびっくりだわ』

『ご贔屓に,ありがとう。それにしても珍しいな,こんな時期に帰省なんて。ゴールデンウィークの代わり?』

『んー…有休取ったんだ。独身最後の一人旅にと思って』

羨望,そして嫉妬。

右手の薬指にキラリと光る存在は,見間違いでは無かったらしい。幸せそうに微笑む姿が眩しくて,目蓋が熱くなった。だけど,知らんぷり。


『へぇー…おめでとう,お幸せに。少子化に歯止めをかけてくれよ』

『話早すぎだって。でも,ありがとな。まだ家族にも言ってなくてさ,比企に言ったら少し緊張解けたわ』

『きっと喜ぶよ。早く帰って報告してやれよ』

『ああ,そーする。…じゃあ,またな』

『うん,まいどどうも』

オレだけなった店内。掛け時計の針を刻む音がやけに煩い。

イライラする位,オレはショックを受けてる。別に大して交流があったわけじゃないクラスメイトが,結婚するかもしれないだけ。

嫌だと思った。何,に対して拒絶しているのか解らないけど。漠然とそう思った。


■■

檜垣とオレは名字が近いから,いつも前後の席だった。それも何の因果か3年間ずっと。

新学期とテストの時は檜垣との唯一の交流の時間。


――比企,どんな担任になると思う?

――比企,テスト範囲ってここまでだよな?

――比企…


『比企,聞いてる?』

『え?』

電話越しに響く声は記憶よりも大分低い。


『あ,やっぱり聞いてなかったか。今度,っていうかなるべく早い内にどっか行かないか?』

『…どうして?』

どうして,オレなんかに?


『一人旅,やっぱり変更したんだ,淋しいから。だから道連れが欲しい』

ああ,そっか。たぶん檜垣の仲が良かった友人はこの街から出てる。それに平日でも自由がきく職種も限られてるから,オレ位しか誘う相手はいないのだろう。


『急にごめんな,こっちの一方的な都合で…ダメならバッサリ断ってくれて』

『いつでもいいよ』

『え,』

『だから,付き合う。前祝いとして』

前祝い。

そう言って納得させたのは自分自身。


■■

目の前には草ぼうぼうのグランド。3年も放置されてるのだから,校舎にもがたがきてる所が見られる。

オレにとっては当たり前の事象でも,帰省することが稀だった少し前を歩く檜垣にとっては,感慨深いことなのだろう。廃校になった母校を見つめている。


『…ボロだなー』

『3年経ってる,廃校になって』

『そっか。…あんなに大きく見えた校舎が今は小さく見えるもんだな』

『今年の秋に,取り壊されるって』

『淋しくなるな』

全然,そうは思わない。義務教育の下,たまたまこの学区内に住んでいたから,通っていただけ。

もしそう言ったら檜垣は悲しい顔をするのか,それとも気分を害すだろうか。


『なぁ比企,四つ葉探そうぜ』

『なんで,急に』

『ヤバいだろ,このクローバーの群生』

指差す先,運動場にはびこる緑色。


『こんなにあるなら,1個位は見つかりそーだよな』

『そりゃそうかもしれないけど…』

20半ばの男の台詞じゃないだろ。

檜垣はやる気満々,わくわくが溢れだした表情をさせてる。


『……分かったよ』








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